死ぬ気で描く

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死ぬ気で描く

それからお前は窓に打った板を外し、外に出るようになった。暴言を吐いた人にも謝った。お前の周りの人たちは一安心したようだけれど、大量の画材と保存食を買い込んだと思えば次は今まで書いていた絵を全部売り払った。 空っぽになったアトリエで黙々と私を書き始めた。最初の絵はなんの背景もないものだった。その内、いろいろ描き込まれるようになった。初めて出会った教室、向かいに座られた食堂、隣に座って授業。私がいた全ての景色を描き出した。 30枚を過ぎたくらいだったか、起き続けた疲労と何も食べてないから気を失いそうになるお前に声をかけたんだ。 一回休め、絵が乱れているって 「うん、そうする」 そう言ってアトリエで置きっ放しにしているベッドの方に行った。 驚いたさ、死んでから私の声はお前に聞こえないと思っていたから。 3時間くらいお前は寝た後、一口二口食事をしてまた描き始めた。 今までのとは違い、どこか宗教画めいたおとぎ話のパロディの絵を描き始めた。 45枚目のアフロディーテの誕生のパロディを描いた時は私がモデルだというのに笑ってしまった。お前も描きながら笑っていた。そこから段々と凝ったものを作るようになった。 オオカミのお腹から出てくる赤ずきんの私、 白雪姫のガラスの棺の中で眠る私。 地下につながる洞窟をバックに光が溢れるところで笑う私。 お前も途中までは楽しく書いていたのだと思う。だけどまた、私に返ってきてほしいと願い始めた。 私は死んだからもう無理なんだって。だけどお前は 「お願いだからだまっていて、約束をやり遂げる前に姿を見ては行けないルールなんだ」 そう言って筆を動かす。 ないよ。そんなルール。はなっから誰とも約束してないでしょう。やめようと手を伸ばした。すると、お前の背に手が触れた。ビクッとお前の背は震えた。しかし振り返ることはなくまた筆を動かす。嫌な予感はしてた。死者である私の声が聞こえる、触れるようになってしまったということはお前に死が近づいているのだ。 100枚目を完成させたらだめだ。こいつは死ぬ気だから。
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