13席ある!

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小学校の教室程度の広さを持つその部屋の内壁は、天井から床まで白で統一されていた。室内には丸椅子が十三個積まれているだけだった。 部屋の中に入ったばかりの男は、椅子を一つずつ円形に並べ始めた。他者の分まで並べたのは彼なりの善意と捉えるべきだろうか。部屋の広さに孤独を感じたのかもしれない。なにかの予感があったのかもしれない。少なくとも彼は、この部屋を訪ねてくる者についてまだ何も知らない。 並べ終えた椅子の一つに男が腰掛けると、入口のドアが開いた。静寂の後、丑と未がゆっくりと部屋に入って来た。同時に入室を試みて接触し、そのことが可笑しいらしく互いに小突き合いじゃれ始めた。二頭の脇を申と巳がすり抜け競い合うように椅子にたどり着いた。午と子と酉と卯と亥が続々と入って来、席に着いた。  男は全身を硬直させていた。組んだ足も解かず、ひたすら一点を見つめ己の存在を抹消しようと試みているように見えた。 「最近は毎日冷えますねぇ」と声を掛け、彼の向かいの席に座る戌の言葉も無論無視した。 同時に入って来た辰と寅に挟まれた時、男は耐え切れず一度だけ唾を飲んだ。  席が埋まると干支たちは急に黙り、申し合わせたように揃って男を見つめた。 辰の鼻息で男の髪が激しく揺れた。彼は意を決して声を出した。 「ハジメマシテ」乾いた喉からはひどくかすれた声しか出なかった。男は口に手を当てせき込み、もう一度「初めまして」と言った。 「一度で聞こえたよ。僕らはみんな君より耳が良いんだ」と戌。 「ハジメマシテだとよ。初対面なはずないだろうに」と子。 「シティーボーイなのかもしれないぜ、こいつ」と亥。 「おたくが普通に生きてりゃ一度くらい会ってるはずだがね」と午。 「過去の邂逅を忘れるたぁ聞き捨てならんねぇ」と辰。 あなたとは初対面のはずだと男は思ったが、何も言い返せず黙っていた。 「僕らはみんなね。人間に対していくつか言っておきたいことがあるんだよ」と戌。 「言っちゃいなさいよ」と卯が未に目で圧力をかけた。 「なんだいなんだい。みんなもっとコイツに不満が溜まってるんじゃないのかい? 歯切れ悪いねぇ」と申。 「うるさい! 人間に飼われて見世物になってる奴に言われたかないや!」と亥。 申と寅と卯と巳が一斉に亥を睨み返した。 すると子が横並びに座っている丑と酉と亥と未に対し 「あっ! 喰われてる! こいつら飼われるどころか喰われてんじゃん!」と言った。 彼らはみな下を向いてしまった。戌と巳と午も悲しげに俯いていた。 「最近はだいぶ減ったみたいですがね」と午。 「そもそもなんであたしたちのことたべるわけ?」と未。 「美味しいからでしょ? そうよねぇ」と丑。 「許せない許せない許せなーい」と酉。 「僕はそこまで怒ってませんよ」と戌。  干支たちの言い争いはエスカレートし、男が思わず仲裁に入ると全員の怒りの矛先が男に向かった。ヘビが目を見開き舌を前に出した。イノシシは鼻息を荒くし、寅は唸り声を上げ低く屈んだ。 男は何か思いつき、ポケットをまさぐった。 「待ってください。僕ぁ今日、カメラってのを持ってるんです! これを使うと皆さんの姿を小さくて薄い紙に記録できるんです。これを写真といいます。この場で一枚ずつ差し上げますよ。軽いからどこへでも持ち歩けます。これを見るだけで今日のこともすぐに思い出せます。素晴らしいでしょう?」と言って男はまず丑に同意を求めた。 「それ見たことあるぜ。実は良いなって思ってたんだよな」 寅の言葉を聞くと、干支たちは男の話に興味を示した。 「人類の叡智の結晶です。僕らだって捨てたもんじゃないんです。僕が撮りますよ! さぁ! 皆で並んで仲良く写真を撮りましょう!」 男は大げさなアクションと共に熱弁を振るった。 「みなさん、いいですかぁ? 皆さんが壁際に集まったら、僕はその正面にカメラを載せた椅子を置きます。あとは僕が声をかけるまで目をつむって待っているだけ! 簡単でしょう? そしたら写真の出来上がりです。持ち帰ったらきっとお友達に自慢できますよ。皆さんの集合写真、僕も欲しいなぁ。さぁ! 壁際に集まりましょう!」 男は入口から一番離れた所を指さし、彼らに移動を促した。干支たちは各々のペースで歩き始めた。 男はその姿を見て一瞬だけ頬を緩めた。事態を切り抜けた先を見据えたのかもしれない。 彼は逃げ出すことのみを考えたのだろうか?  それだけなら果たして笑うだろうか? この期に及んで尚、彼は彼らを見下し、馬鹿にしていたのではないだろうか(鹿はいなかったが)。 男の誤算はその思惑を容易く彼らに看破された点にあった。彼は辰に凄まれ後ずさりし、午に容赦なく突き飛ばされ、カメラは寅の前に落ちた。 壁を背に男は小さく呻き、十二支に睨まれながらさすがに泣きそうな表情を浮かべ、それでも懸命に思案し、彼らに対する媚びと己を騙す最善手として、弱々しい笑顔でピースサインを作り一人で写真に収まることを選んだ。
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