永遠の時を君と共に

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 悪魔の最愛は人間の女性であった。悪魔との契約を望んだ愚かな人間が、生贄として差し出したのがその女性である。彼女の姿を一目見た瞬間に、悪魔は恋というものを理解した。悪魔がこの世界に存在を得てから数千年、あれほど心が動かされたことは他になかった。まさしく初恋である。  悪魔は女性を妻として迎えた。彼女を生贄にするような術者は、あっさりと殺してしまった。悪魔に怯えていた女性も、悪魔のひたむきな求愛にいつしか恋をした。二人に降りかかった奇跡のような幸福だった。  しかし、女性はほどなくして床に伏してしまった。普通に暮らしているだけでも、悪魔の強すぎる魔力は漏れ出てしまう。それに人間の体が耐えられなかったのである。  万能と言われる力を持つ悪魔をもってしても、人の命を伸ばす術はなかった。あるいはこの世界のどこかには存在していたのかもしれない。だが、悪魔はその術に興味を抱いたことさえなかった。人間の命は搾取するものであって、伸ばすものではなかったから。こんな愚かな生き物は早く滅んでしまえば良いとすら思っていた。  悪魔は、女性の命を繋ぎ止める方法を必死に探し始めた。女性に出会うまで、自分にできないことなど何一つないと思っていた。大間違いだった。初めて見つけた自分の望みの前には、万能のはずだった魔力も無力でしかなかった。 「永遠などいらない。其方を先に逝かせねばならぬのなら」  ある時悪魔はそう吐き捨てた。ヤケになっていたのかもしれない。愚かで短命な人間をずっと馬鹿にしていた。それをこれほど羨ましく思う日が来るとは思いもしなかった。 「私はその永遠が欲しい。それがあれば貴方と共にいられるから」  それだけ言って、女性はすぐに眠ってしまった。悪魔の力をもってすれば、女性の命の灯火がまだ消えていないことはすぐにわかる。それなのに悪魔は叫び出したい衝動に駆られた。  このまま永遠に目を開かないのではないか。あの愛らしい瞳を見ることは二度と叶わないのではないか。そう不安になったのである。  翌朝、おはようございます、と微笑んだ女性を見た悪魔は、目から透明な液体が出たことに驚いた。頬を伝って口に入った水は、海の水と似た奇妙な味がした。 「どうして泣いてるの?」  彼女に言われて、それが涙だと知った。悪魔も泣けるのだと驚いた。
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