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新生
美和子に話したことで、今まで見えていなかったことというか、認めたくなかったことがくっきりと浮かび上がった。考えてみたら、夫と向き合うことも避けていたのは私だ。
___夫の態度がおかしいならば、正面から訊いたらよかった、ただそれだけなのに
今日も帰りが遅いと連絡があった。
〈晩ご飯はどうする?〉
《置いといてくれたら、勝手に食べるから寝てていいよ》
〈少しなら待ってる、あなたの好きなワインを見つけたから買っちゃったんだ〉
《え?じゃ、頑張って早く終わらせるよ》
〈うん、頑張って〉
普通の残業ではなく、アルバイトだとしたら時給はそんなによくないはずだ。なのに減ってしまった残業分をアルバイトで稼ぐとなると、遅くなるのは当然だ。
___何も知らなくてごめんなさい
夫が帰るまでの間、いつもより丁寧にワイシャツにアイロンをかけた。袖口のボタンが取れていて、ほころびも見つかった。
裁縫箱を出して、直しておく。
どんなに謝っても赦されることじゃない、だからこの苦しい気持ちを、夫を思う気持ちに変えていこうと思う。
ガチャ!と音がして、陽菜が起きてきた。
「あれ?お母さん、まだ起きてたの?」
「うん、お父さんは残業頑張ってるからね。たまには待っていようと思って」
「じゃ、お父さん、喜んで帰ってくるね」
「え?どうして?」
「疲れて帰ってきたらよけいに、“おかえりなさい”って言って欲しいんだって。このまえ、そんなこと言ってたでしょ?」
「そうなんだ、って、いつのまにそんな話したの?」
「えー、お母さんもそこにいたじゃん?やっぱり聞いてなかったんだ」
「あ、ごめん、疲れてたときかも?」
「ま、せいぜい仲良くしてね」
「はいはい、わかったから早く寝なさい」
「ほーい」
そんな話をしてたときがあったんだ。ちっとも記憶がないのは、翔馬とのLINEにばかり気を取られていたからだろう。
___私ってば、なんて女なんだろう
我ながら呆れて自己嫌悪に陥る。
ぴこん🎶
《陽菜ママ!新しい記事をアップしたからよろしくね》
ブログで澪梨と名乗ってる武子だった。
既読にはせず、そのままブロックした。武子なら友達のままでもよかったのだけど。
「ただいま!」
玄関から夫の声がした。
「おかえりなさい!ワイン冷えてるから。先にお風呂にどうぞ。その間に茶碗蒸しを温めておくから」
「うん、茶碗蒸し食べたかったんだよ、ありがとう」
「こちらこそ…」
「え?」
「あ、なんでもない。そうそう!最近新しい友達ができたんだ、その話も聞いて」
「わかった、お風呂入ってくる」
「うん」
ワインを出して、ご飯の準備をする。何故か夫にも美和子のことを話したくなった。
___いい友達ができたんだねって言ってくれるかな?
駒井沙智。
私は私。
危なく大事なものを失うところだったけど、今はそれを教えてくれる友達がいる。
もう私は大丈夫だと思った。
____完。
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