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やり取り
それから、少しずつやり取りをするようになった。他にもコメントをしておくと、そこにコメントを返してくれる人も何人かいたけど、DMはまだ、翔馬とだけしかしていない。
〈おはようございます。今日はとてもいい天気なので、洗濯を2回しました。翔馬さんもお仕事でしょうか?〉
《おはようございます、ミハルさん。こちらは少し曇っています。僕は仕事ですが時間に縛られることはないので、気楽です》
___時間に縛られない仕事か、いいなぁ
〈時間が自由だなんて、うらやましいです。私はこれから出勤です〉
《お気をつけて。行ってらっしゃい》
〈はい、行ってきます〉
___うわ、優しいな…
行ってらっしゃいだなんて、もう誰にも言われたことがない気がする。それに、“お気をつけて”だなんて、言われたのは初めてかも。
ファンデーションに眉を描いて、今日は去年買ったピンク色のルージュをひいてみた。翔馬に、私の仕事は話していない。5時間だけの倉庫での仕事なんて、なんとなく言えなかった。ハッキリとは言ってないが、フルタイムで働く会社員のフリをしている。
スマホで時間を確認して、いつもより5分遅くなっていたことに気づいて、急いで出勤した。
「おはようございます!」
「おはようございます」
いつもより、わずかに大きな声が出た気がした。
「あれ?」
不思議そうに私の顔を覗き込む女性。
「え?なに?」
「やっぱりだ!駒井さん、今日は可愛い色のルージュしてるね」
「あ!」
思わず口元を手で隠した。
「あら、どうして?いい色だよそれ。顔色までよく見えていいと思う。なんだか元気そうに見えるよ」
「そ、そうかな?」
「うん、あとは、笑顔になるともっといいかも?」
じゃ!とポンと背中を叩いて歩いて行った。
明るい髪色のショートボブで丸顔の彼女は確か…篠宮…なんだっけ?後で名簿で調べておかなきゃ。
職場で話しかけられるなんて、いつぶりなんだろう?と考えた。それに、褒められた気がする。
___篠宮由香理…
多分20代半ばくらいかなと思う。改めて彼女を見ると、ビタミンカラーのカラフルなTシャツとロールアップしたジーンズで軽快ないでたちで、颯爽と歩いている。今まできちんと同僚を見たことがなかったけど、いつも群れている人たちとは別に、それぞれ仕事をしている人が数人いる。
___なんだ、一人で仕事してる人、わりといるじゃん
それでも、篠宮のようなパート社員は、群れている人たちともなんなくコミニュケーションを取っているし、休憩時間も寂しそうに見えない。それだけでも、うらやましく感じる。
___でも。
棚の影でこっそりスマホを開く。赤いレ点を見つけて、そっとよろこぶ。
《お仕事、頑張っていますか?嫌な上司に無茶な仕事を押し付けられたりしていませんか?僕は外回りに出てきました。外は天気がよく風が気持ちいいです》
私には翔馬という話し相手がいるから、寂しくない。
トイレに行くフリをして返信をする。
〈私が書いた見積もり書が気に入らなかったようで、書き直しを命じられました。でも、これくらい平気です。頑張ります〉
私の頭の中の私は、そこそこ大きな会社で営業の仕事をしていた。
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