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少しずつ
仕事を終えて、家に帰る。途中でクリーニング店に寄ったりスーパーへ行ったりしながらも、スマホを開くようになった。
___車を運転してる時だけは絶対スマホにさわらない
それだけは決めている。だから、駐車場に着くとしばらくスマホを操作して、それからじゃないと行動しなくなってきた。
「この3点でよろしかったですか?」
「……」
「お客様!あの…」
「あ、ごめんなさい、はい、これでいいです」
レジで精算するタイミングでも、翔馬からのコメントがないか確かめるようになってしまった。店員が、呆れた顔をしているがそんなことは気にならない。それよりも、次はどんな話をしようかなんてことばかり、考えてしまう。
赤いレ点はついてない。DMは届いてないようだ。こちらから、何か話題を振っておけば返事がくる…よね?
〈今日もやっと仕事が終わりました。これから買い物して晩ご飯の用意です。翔馬さんはまだお仕事でしょうか?〉
送信っと。これで返事が来るだろうから、さっさと買い物を済ませていつでもやり取りできるようにしておかなきゃ。
カートに牛乳や鶏肉、胡瓜、レタス…あ、それからパン粉とお味噌を入れてレジに並ぶ。
3番めだからまだ少しいいな、とスマホを開く。
《今日もお疲れ様でした。ミハルさんは奥さんでしたね?お子さんもいるとしたら、毎日大変ですね。主婦業と会社員の両立ができるなんて、すごいですね》
返事があった。
___やった!
〈すごいことなんてないですよ。家事は手抜きしちゃいますから〉
《それでも、きちんとご飯を作るなんてそれだけでもいい奥さんでいいお母さんですよ。ちなみに晩ご飯は何を作るんですか?》
〈チキンカツです、ありきたりですが。翔馬さんは何を食べるんですか?奥様の手料理は美味しいんでしょうね、と勝手に想像しています〉
送信してから思い出した。翔馬が結婚しているかどうかなんて、確認していなかった。でもまぁ、同じくらいの年代なら、既婚者だろう。
《奥さんはいますが、手料理は最近食べていませんね。奥さんは忙しくしているので、僕は勝手に作って食べます。今夜はパスタに白ワインでもしようかなと思ってます》
〈うわー、オシャレですね〉
どんな人なんだろう?料理もできて、ビールじゃなくて白ワインで晩ご飯なんて。
翔馬という人間を頭の中で勝手に作り上げていく。細身で背が高く、体にピッタリサイズのスーツを着こなし、細いフレームのメガネをかけていて、髪は普段はキッチリとしているけど、ラフな時はクシャッとしていて。それから声は…低めのゆっくりしたトーンで話しそうだ。
そこまでやり取りして、ぴたりと返事が来なくなった。まだ仕事中なら忙しいんだろうな。
何の気なしに、翔馬のコメント欄を見る。ここは私も最初に書き込んだところだ。
___あれ?
今現在もコメントが増えている、つまり誰かとやり取りをしているということだ。
“はじめまして”
“僕でよければ話を聞きますよ”
“ありがとうございます。ただの愚痴になってしまいますが”
“かまいませんよ、ゆっくり話してみてください”
“じゃあ、あのここではあれなので、DMいいですか?”
“わかりました、どうぞ”
___え?私への返事は後回し?まぁ、たいした話もしていなかったけど。この人ともDMするんだ…
胸の中で何ともいえない感情がくすぶりはじめた。そのもやもやした感情は、自分のことなのに私には理解できないものだった。
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