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窓から後ろを見たら、翔馬がこっちを見て手を振っている。なんだか泣きそうな顔だ。ぎゅっと胸が痛くなって、慌ててスマホを開いてLINEを送った。
〈今日はありがとう。でも、なんか翔馬、変だよ。どうしたの?〉
《ミハルに会えてよかった。もう会えないから》
「えっ!」
声に出してしまい、慌てて口を押さえた。
〈どうして?何かあったの?私、嫌われるようなことした?〉
《そうじゃない、俺のせいだ。俺の自業自得》
〈わからない、そんな突然、なにがあったの?〉
《投資で失敗してね。全部差し押さえられた。今日のデート代だけ、なんとか持ってたけど》
〈え?差押えって、全部って?〉
《全部、何もかも。明日から俺は一文なし》
〈奥様いるでしょ?〉
《半年前から別居してる》
〈そんな…〉
《とにかく、そういうことだから。さっき時計の値段を訊いたのは、売ったらいくらになるのかな?って考えて、ミハルにもらおうかと思った。やめたけど。そういうわけだから、これが最後》
〈いやだ、そんなの〉
《出会えてよかった。じゃ、元気で》
〈いやです、また会って。お金、少しなら出せるから言って。翔馬の力になりたいから〉
《そんなことはさせられないよ》
〈よくない、ね、来週、また会って。その時お金を少し用意してくる。だから、ね!もう会えないなんて言わないで。だって、愛してるから〉
そこまで送信したあと、翔馬からの返信はなかった。既読にはなったけど、何も返信はなかった。
___既読になったということは、ブロックされたりはしてないってことだよね
それから家に帰るまで、自分の貯金の残高を考えていた。もっと貯金しておけばよかったと今になって後悔する。
___いくらあったっけ?いくらまでなら出せる?
自分で貯めたパート代は、これからもっと必要になってくる学費のためだった。家に着くと通帳を確認する。
___10万までなら大丈夫
もともと自分のためにはほとんどお金を使ってこなかった。こんな時くらい、いいよねと自分に納得させる。翔馬が困ってるんだから助けてあげないと。
〈10万なら、渡せます。少ないけど当面の生活費にしてください。来週、どこかで時間を作ってください〉
ぴこん🎶
《ありがとう。うれしいよ》
〈よかった〉
《でも、そっちに行くのにもお金が必要になるから》
〈それなら、振り込むから振込先を教えて〉
一瞬、不安になった。振込先が知らない人の口座だったりしたら?でもちゃんと翔馬の口座なら、大丈夫だよね?そんな自問自答を繰り返す。
《◯◯銀行◯◯支店口座番号は◯◯◯◯◯◯
名義人武内翔馬》
本人の口座だ、詐欺じゃないみたい。
そう。
たった一回のつもりの送金だった。なのになんでだろう?
それから何回か送金して、私の口座は空っぽになっていた。
《あと3万、なんとかならない?》
《5万あれば俺を騙したやつを追いかけられる》
《ミハル、愛してる。こんな俺を見放さないでくれるのはミハルだけだよ》
《家賃が払えない、どうしよう》
《俺が愛しているのはこの世でミハルだけだよ》
《雨に打たれて風邪をひいてしまった。病院に行きたいけど…》
愛の言葉とお金の無心がごちゃ混ぜになって、私はお金を使い果たした。まえのように仕事に復帰すれば、それくらいのお金は返すからと言われたことを信じていた。愛していると言う言葉は、私を操るための呪文だったのかもしれない。
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