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贖罪
「悔しいよね?でもね、これがそのカレには一番の仕打ちになると思うから」
自由に操れると思っていた女から、何の前触れもなくブロックされること。それは翔馬には思いもよらないことで、納得がいかないだろう。それがせめてもの仕返しだと美和子は言う。
「なんだっけ?ほら、出会ったサイトも閉じて、繋がりを断つ!」
そうやって、全ての情報を削除した。
けれど、私の気持ちはずっと動揺している。夫への裏切りと夫が頑張って入れてくれていたお金の使い込みで、罪の意識がすっぽりと私の心を覆った。悔し涙が込み上げてきて、ボロボロと止まらなくなった。
美和子は、そんな私の背中を黙ってさすってくれている。
「ツライよね…」
私とは目も合わせず、それでも一番近くにいてくれる。
___1人じゃなくてよかった
心からそう思った。
どれくらいの時間、そうしていたのだろうか。外はもう夕方になっていた。美和子があったかい緑茶を持ってきてくれた。改めて向かい合って座る。
「…私、これからどうしたら…?」
「どうしたい?」
どうすればいいのだろうか?せめて、夫に謝罪したいと思うのだけど。
「自分がやったことをご主人に打ち明けるの?」
「はい、許してくれるとは思わないけど」
「じゃあ、何故打ち明けるの?」
「あ、でも黙っているのは…」
「黙ってなさいな。このことはとことん隠してお墓まで持っていくこと」
「え?でもそれは…」
「考えてもみて、ご主人の立場に立ってさ。そんなことを打ち明けられても、どうしようもないでしょ?ましてや一応終わらせてるんだし。駒井っちが打ち明けたいのは、自分が楽になりたいからでしょ?悪いことをした秘密を持ってご主人と過ごすことが苦しいんだよね?」
そうだと思った。私はこの苦しくてたまらない感情を、夫に打ち明けることで軽くしたいと思っているのだ。美和子に言われてそう気づく。
「なんでもかんでも知っていることが、お互いのためじゃないよ。知らなくてもいいことは知らない方がいい。ご主人がこのことを知っても、何の得にもならない。それどころか、ご主人を苦しめてしまうよ。子どもたちのためにも駒井っちの過ちを許さないといけないと思ったら、ご主人は苦しむよ」
「そう…ですね…」
「反省する気持ちがあるのなら、その苦しい気持ちを抱えたまま暮らしていきなさい。絶対ご主人や家族にバラさないで、苦しい気持ちのまま。申し訳ないと思うのならその分、家族に優しくして。お金は頑張って補填して」
「私…」
何かを言いたいのだけど、声が出ない。美和子の言うことがあまりにも、率直すぎてわかりやすくて、うなづくしかない。
「また話したくなったらさ、私が聞くから、安心して。ね!」
「う、うわぁーん、あぁーん!」
声を出して泣いてしまった。子どものように声を上げて泣いたのは、いつぶりだろうか。
でも、とてもスッキリした。
「ほら、顔を洗って、シャキッとして帰らないとね!」
「はい。主人の好きなもの、作ろうと思います」
「アルバイトのことは、知らないフリをしててあげてね。男のプライドがあるみたいだから」
「あっ!でも、私のことを“女として終わってる”とか言ってたんですよ」
「ご主人の前では、女でいる必要がないってことじゃない?そんなこと気にしなくても、駒井っちはご主人にちゃんと愛されてるってわかったんだから、自信持って、ね?」
そっか。そう思えばいいのか。
「じゃ、また来週、職場でね!」
思いっきり手を振って送ってくれる美和子さんのことを、とても好きになった。
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