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浮き足立つ
返事はすぐにきた。
“とても控えめな方ですね。好感が持てます”
___好感?
ドキリとした。好感なんて、もう何年も誰にも持ってもらってない気がする。まるでそれは、好きだと言われたみたいに私の心に響いた。
アイコンにある香水の瓶を拡大して見る。有名ブランドのロゴの下にはHOMMEと書いてある。
___男性?
この香水は男性向けのものらしい。サラリーマンと書いてあるからそうだと思ったけど、ここでは年齢も性別も関係ないし虚偽でも構わないのだから、男女どちらかわからない。それでも、これなら男性の可能性が高い。
「好感かぁ…」
思わず声に出てしまって、ハッとした。まだ時間は夕方で自分以外には誰もいないことを思い出し、ホッとする。
___なんて返事をしようか?
まるで告白された後のように、ドキドキしている。おかしなことを言ってしまって、引かれたくない。しばらく考えて短く文章をまとめた。
“好感、誰かにそう言ってもらえたのは、何年ぶりでしょう。楽しいことといいことがいっぺんに降ってきたようです”
送信してサイトを閉じた。
___あ、そうだ!設定を変えておかなくちゃ
サイトからの通知を全部オフにしておくことにした。たったこれだけのことで浮き足立ってしまうから、こんな姿を家族には見せられない。念のために、スマホのロック番号も変更した。
洗濯物を畳んで、晩ご飯の準備をする。いつもより家事が苦痛じゃない。家族の誰にも感謝されなくても、私に好感を持ってくれる人がいると思い出すだけで、気分がよかった。それがたった一人の見ず知らずの人でも。
「ただいま!あっ、唐揚げだ!」
陽菜がキッチンに入ってきて、揚げたばかりの唐揚げを一つ持って行った。
「あ、こらこら!ちゃんと手を洗いなさい」
「ふぁーい」
もぐもぐと食べながら手を洗いに行った。
「ね、お母さん!」
「なぁに?」
「今日の唐揚げ、美味しい!」
「そう、それはよかった」
「だから、もう一個もーらいっ」
「あ、こらっ!先に宿題片付けちゃいなさい」
「んー、めんどうだなぁ、もう」
ランドセルからノートを取り出して、ダイニングテーブルに広げた。そこに置いたままだったスマホを慌ててエプロンのポケットにしまう。
「なぁに?お母さん。お母さんのスマホなんて見ないよ。どうせ家族と学校からの連絡以外ないんだから」
「違うわよ、落とされたら嫌だからだよ」
私のスマホなんか興味ないと聞いて、ホッとしたような寂しいような複雑な感情だった。そのままトイレに行くふりで『花開く』へアクセスする。また、返信ありの赤いレ点があった。
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