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わたしの自転車はちょうど歩道いっぱいの幅があり、ウーさんを通せんぼしていた。ウーさんが先に行くにはわたしをどかすか、ガードレールを乗りこえて車道に出るか、さもなければ藪に分け入るしかない。
ウーさんも、さすがに戸惑っているようだった。そのときだ。
「深月ちゃん、そのまま! そのままです!!」
ウーさんのさらに後ろから、真珠ちゃんの叫び声が聞こえた。
遠くに、こちらに向かってくる真珠ちゃんの自転車が見える。若奈ちゃんと絵美ちゃんも一緒だ。
真珠ちゃんはわたしに、そのままウーさんの逃げ場をふさいでままでいろと言っている――そう気づいた瞬間にはもう、ウーさんはガードレールをこえて車道に飛び出していた。
でも、徒歩で自転車から逃げ切れるはずがない。
「よくやってくれました、深月ちゃん!」
真珠ちゃんがそう言って、ペダルを漕ぐ足に力を入れるのが見えた。ぐんぐんこちらに近づいてくる。
どうしよう。わたしは、どうしたらいい?
頭の中で、悪魔のわたしがささやく。
――これでいい。
――点数は、充分稼いだ。忠誠は示した。あとは女王様に……真珠ちゃんにまかせておけ。
悪魔は正しい。
わたしにとっては、それが一番楽な選択だ。だけど……。
……だけど。
わたしは藪に半分引っかかっていた後輪をむりやり引きずり出し、自転車を方向転換させると、歩道を走り出した。すぐに、徒歩のウーさんに追いつく。わたしはガードレール越しに叫んだ。
「乗って!」
ウーさんが、ぽかんとした表情でわたしを見る。
「後ろ、乗って!! 早く!!」
二度目で意味が通じた。
ウーさんはひらりとガードレールを乗りこえると、わたしが走らせる自転車の後ろに飛び乗ってきた。後輪のフレームに足をかけ、背中にぎゅっと抱きついてくる。
「いいよ!」
耳元で叫ぶ声を合図に、わたしは力いっぱいペダルを踏みこんで加速した。
消えかけの青信号に突っ込む。右折しようとしていたタクシーにクラクションを鳴らされた。
でもそのおかげで、後方で真珠ちゃんが発した叫びをはっきり聞かずに済んだ。なにを言われたのか聞こえていたら、恐怖でパニックを起こしていたかもしれない。
「どこ行く? 家どっち!?」
わたしが言った。先のことはなにも考えていなかったので、やっぱりパニックだ。
「こっち……」
と、ウーさんが指をさしたほうから、よりによってゆにちゃんの自転車が飛び出してくる。
ふたり乗りするわたしたちを見て、一瞬ギョッとしたゆにちゃんは、すぐに歯をむきだした恐ろしい顔になった。
「裏切り者!!」
そのまま体当たりしそうなくらいの勢いで向かってくる。
ただ逃げてもダメだ。メイズさんの占いを使える真珠ちゃんたちは、いくらでも先回りができてしまう。
……だったら、こっちも同じことをするしかない。
「メイズさん、教えて! どっちに行けば、真珠ちゃんから逃げられる!?」
「瀬戸……あんた、なにを?」
「ごめん、今はこれしかない! メイズさんに対抗するには、メイズさんしか……」
と、わたしがリューズに手を伸ばそうとした瞬間。腕時計の針が、ひとりでにきりきり、かちかちと動いて、十一時四十分を指した。
背中で、ウーさんがハッと息をのむのがわかった。
もちろんわたしだってビックリしていたけれど、それよりも真珠ちゃんたちに捕まりたくないという気持ちのほうが上回っていた。短針の向きにしたがって、車道を斜めに突っ切る。すぐ後ろで、ゆにちゃんが同じように道路を渡ろうとする気配を感じた。その瞬間。
パパパ――ッ!!
自転車の後輪をかすめるぐらいの勢いで、大型トラックが走り抜けていった。
死ぬほど驚いたけど、トラックの車体に阻まれて、ゆにちゃんは道路のこちら側に渡ってこられない。引き離すなら今しかないと、わたしは目の前にある、細めの横道に突っこんだ。
一車線で歩道すらない、細い道だった。腕時計の針に従って道なりに進むと、だんだん上り坂になってくる。
「瀬戸、どこ行く気なの?」
「わたしにもわかんない!」
道はくねくねと曲がりながら、それでも変わらず上を目指していた。道の左右は、深い緑の樹々に囲まれている。完全に山道だ。
失敗したかなと思ったけれど、今さら引き返すわけにもいかない。
姿は見えなくなったけれど、このくらいで真珠ちゃんたちを振り切れたとは思えなかった。こんな一本道を戻ったところで、追ってきたあの子たちと鉢合わせするだけだ。今は前に進むしかない。
腕時計の針はさっきからせわしなく回転し、この坂道の先を指し続けていた。まるでメイズさんが、わたしをどこかへ導こうとしているみたいに。
ふと、頭の上に覆いかぶさっていた枝葉が途切れて、七月の透明な太陽が顔を出す。
思わずそちらを見上げたわたしは、そこに、大きな怪物がうずくまっているような、黒々としたシルエットがかかっているのを見た。
「あれは……」
「知らないでここまで来たの?」
ウーさんが、信じられないとでも言いたそうな口調でつぶやいた。
「来るのは初めてだけど、私だって知ってる。あれが、噂の幽霊屋敷……メイズハウスだよ」
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