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「いくよ。ワン、ツー……スリー!」
ウーさんがカギを開け、重い扉を押し開けた。闇が四角く切り取られて、白く光る出口が現れる。わたしが、そこに飛びこもうとした瞬間……。
扉の陰から現れた黒い人影が、両手を広げて立ちふさがった。
真珠ちゃんだ。窓からは死角になって見えない場所に隠れて、待ちかまえていたのだ。
ウーさんはあわてて扉を閉めようとしたけれど、真珠ちゃんがローファーの爪先をねじこんでくるほうが先だった。
真珠ちゃんは半開きで止まった扉を、同じく物陰から出てきたゆにちゃんとふたりがかりでこじ開け、屋敷の中へ踏みこんできた。
「見つけましたよ」
同時にわたしたちの背後からも、バキバキッと木材の割れる音が聞こえてきた。若菜ちゃんたちが裏口のドアを壊したのかもしれない。前にも後にも進めなくなったわたしたちは、ジリジリと階段のほうへ追いつめられていった。
そのときだ。
――クスクスッ。
小さなしのび笑いに続いて、ぱたぱたぱたっと軽やかに階段をのぼってゆく音が、頭上から聞こえた。
反射的にそちらを見あげると、踊り場の向こうに消えてゆく赤いスカートが目の端をかすめた――気がした。
「え?」
「……深月ちゃん? どこを見ているんですか」
真珠ちゃんの声が苛立っている。
「私は今、とても悲しい気持ちです。転校してきたばかりで不安な深月ちゃんのために、精いっぱい、親切にしてきたつもりなのに……。あなたは、そんな私の気持ちを踏みにじって平気なんですね」
「わ、わたしは……別にそんな……」
「そんなつもりはなかった、とでも? なら、証拠をはっきり見せてください。ウーさんを捕まえるのを手伝って、二度と、私との約束を破らないと誓ってください」
確かに転校初日、真珠ちゃんが話しかけてくれたのはうれしかった。
でも、それとこれとは別だ。メイズさん占いを使ってウーさんを苦しめようとする真珠ちゃんたちに、わたしはこれ以上、味方することはできない。……絶対に!
「……いやだ!」
絶叫すると同時に、わたしはウーさんの手をつかんで、階段を駆けのぼった。
「瀬戸!?」
「深月ちゃん! 待ちなさい!」
ウーさんと真珠ちゃんが同時に叫ぶけど、わたしは構わずのぼり続けた。
空気が冷たい。踊り場を過ぎたあたりで全身に鳥肌が立ち、ぞくりと悪寒が走った。
――クスクス……クスクスクスクス……。
二階を通過したところで、また上から笑い声が聞こえた。
手すりの支柱の隙間を、赤い色がかすめる。
メイズさんがわたしを導いてくれているんだと思った。
やっぱり、占いどおりにここへ来たのは間違っていなかった。メイズさんはきっと、友達のわたしを特別に助けてくれるつもりなんだ。
きっとこの上に、わたしたちを助けてくれるなにかがある……。
わたしは息を切らせながら、一気に三階へ駆けのぼった。
……そして、そこに現れたものを目にしたわたしとウーさんは、思わず立ちつくしてしまった。
そこには壁も廊下もなく、フロア全体がひとつの大きな部屋になっていた――というより、工事途中で放り出したみたいな、がらんとした空間が広がっていた。
あるのは、天井を支える太い四本の柱。
そして、その中心にポツンと置かれた、古い木箱だけだった。
「……なに、ここ」
ウーさんがうめく。もちろん、わたしにもわからなかった。
木箱は旅行用のスーツケースをふたまわりほど大きくしたくらい。この建物と同じように古いものらしく、ぼろぼろに腐って黒く変色している。
特に目を引くのは、箱のまわりをぐるぐる巻きにして、さらに四方の柱につながっている太い鎖。そして、箱の正面に貼られた、黄色い「お札」のようなものだった。
色あせてまだらに白くなった黄色い紙に、筆文字で、難しい漢字とマークのようなものがずらずらと書かれ、その上から赤いスタンプが押してある。スタンプはただの模様に見えるけれど、もしかするとそれも漢字なのかもしれなかった。
だけど、それだけだ。わたしをここまで連れてきたメイズさんの姿も、助けになりそうなものも……なにもない。
呆然としているわたしの後ろで、きしりきしりと木の板がきしむ。
真珠ちゃんを先頭に、ゆにちゃん、若菜ちゃん、絵美ちゃんが、ゆっくりと階段をのぼってくるところだった。
「……さあ、もう逃げられませんよ」
真珠ちゃんが低い声で言う。
ぐるりとフロアの中を見回した真珠ちゃんは、不思議な木箱に目を止めると、黒目がちな瞳を見開いた。
「これは……? メイズハウスに、こんなものがあるなんて知りませんでした。これまで、何人も肝試しに来ているはずなのに……」
「ま、真珠ちゃん……なんか、お札っぽくない? アレ……」
「見たら呪われるとか、そういうやつじゃないの? どうしよう……」
ゆにちゃんと若菜ちゃんは明らかに怖がっていた。けれど、真珠ちゃんは鼻で笑って、
「呪いですか。いいですね。……そうだ。逃げ出した罰として、ウーさんにこの箱を開けてもらうというのはどうでしょう。今から駅前まで行くというのも時間がかかりますし」
と言った。
「は?」
ウーさんが、真珠ちゃんをにらみつける。
「罰って……バカじゃないの。なんであんたにそんなこと決める権利があるの」
「別に、私が決めているんじゃありません。みんなを困らせたり、クラスメイトを悲しませたりしてはいけないのは、当然のことでしょう? ウーさんはゆにちゃんに乱暴をしたし、深月ちゃんはそんなウーさんの逃亡を手伝った。常識的に考えて有罪です。ああ……それともウーさんに、日本の常識は難しかったですか?」
「チッ!」
ウーさんが、真珠ちゃんに食ってかかろうとする。だけどそれより一瞬早く、若菜ちゃんと絵美ちゃんが両側からウーさんの腕をつかまえてしまった。
助けなきゃ、と思って半歩踏み出したわたしの前に、真珠ちゃんが割りこむ。
「動かないで。あなたにも、後でなにかやってもらいますから。……さあ、ゆにちゃん。ちゃんと証拠を残しておいてくださいね」
若菜ちゃんたちが、捕まえたウーさんを木箱のほうへ引きずっていく。ゆにちゃんは持ちこみ禁止のはずのスマホを取り出して、ウーさんの姿を写真に撮りはじめた。
「ちょっと、私たちの顔まで写さないでよ、ゆに」
「後で適当に編集しとくって。いいから、ちゃんと捕まえといてよ」
そうか、メイズさんの占いがあれば、先生が荷物検査をするかどうかも先にわかってしまう。だから「安心して」スマホも持ち込めるんだ。
わたしは怒りというより、呆れる気持ちで力が抜けてしまった。誰かを攻撃するときにだけルールや常識を持ち出して、自分たちは好き勝手にルールをねじ曲げる。そんな人たちと、友達になった気でいたなんて……。
絵美ちゃんがウーさんの左手をつかみ、木箱に貼られたお札に、むりやり触れさせる。
そして……「それ」が起こった。
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