夢と占い

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 職員室で担任の先生に挨拶をすると、お母さんはさっさと帰ってしまった。  担任は江田島先生という優しそうなおばちゃん先生で、そこはちょっと安心したけれど、ひとりぼっちで知らない場所にとり残されるとやっぱり心細くなる。  おろしたての新しいセーラー服も、なんだかパリパリしてよそよそしく感じられた。せっかく、前の学校の制服に慣れてきたところだったのになあ……。  わたしは不安な気持ちを胸に抱えたまま、江田島先生の後について一年三組の教室へと向かった。  はじめて歩く校舎はどこかよそよそしいにおいがして、よけいに緊張してしまう。  教室に到着するなり、さっそく黒板の前に立たされる。 「……せ、瀬戸(せと)深月です。東京から来ました。よろしくお願いします」  自己紹介を終え、指定された自分の席に座ると、それだけで疲れがどっと押しよせてきた。  続いて新しいクラスメイトたちが、ひとりずつ自己紹介をしてくれる。 「尾道です」 「安芸です」 「島波です」  でも残念ながら、顔も名前もほとんど頭に入ってこない。はじめましての人がいきなり三十人以上も現れたんだから当然だ。しかたなく、右の耳からから左の耳へ聞き流していると、 「ウー・ユーシャンです」  という名前が引っかかった。  思わずそっちを見る。  黒髪をばっさり切りそろえた、目つきの鋭い女の子だった。かわいい系というよりは、かっこいい系という感じ。  わたしは一瞬だけ、その子と目が合ったけれど、彼女はニコリともせずにすぐ着席してしまった。 「ウーさんは、台湾の人なんですよ」  わたしのとなりの席にいた女の子が、小声で教えてくれる。  その子は藤色(ふじいろ)のかわいいメモ帳に「(ウー)宇珊(ユーシャン)」と書くと、ページをちぎって手渡してくれた。字面からは想像もできない読みだ。なんだか面白い。外国の人がクラスメイトになるのははじめてだ。ちょっとドキドキした。  引っ越しでバタバタしていた間、完全に勉強をサボっていたので、授業にはついていくのはちょっと大変だった。  先生達は「東京の学校のほうが、勉強進んでるでしょう」なんて言うけれど、とんでもない。都民がみんなガリ勉みたいに思われても困る。おまけに明日は苦手な数学の小テストがあると聞いて、わたしはゲンナリした。  そんなこんなで、迎えた放課後。わたしが帰り支度をしていると、となりの席のクラスメイトが話しかけてきた。ウーさんの名前を教えてくれた、髪の長い女の子だ。 「瀬戸さん。せっかくですし、少しみんなと遊んでから帰りませんか」 「あ、うん。いいよ。もちろん」  友達ができるかについてはけっこう心配していたので、初日から遊びに誘ってもらえたのはうれしかった。  どうせ、急いで帰ったところでやることもない。マンガもゲーム機も、まだ段ボール箱の底の底に押しこまれたままなのだ。  わたしを誘ってくれた子は、宮島(みやじま)真珠(まじゅ)ちゃんといった。  真珠ちゃんは美少女だ。肩まで伸ばしたつやつやの髪に、黒目がちな瞳。学級委員でもあり、勉強もかなり得意らしい。  当然のように、真珠ちゃんはクラスの中心的存在だった。真珠ちゃんが声をかけると、すぐに女の子が七、八人集まってくる。クラスに女子は十五人しかいないから、半分以上が真珠ちゃんグループというわけだ。  わたしたちは、教室の片隅に集まると、みんなで円を作った。 「この北斗市には、少し変わった占いがあるんですよ」  真珠ちゃんはそう言った。 「占い?」 「ええ。と、いっても、すごく簡単なものですけど。腕時計を使った占いなんです」 「へえ」  たしかに、変わってる。少なくとも東京では聞いたことがなかった。 「そういえばこのクラスって、腕時計してる人が多いよね。普通、スマホについてるので充分なのに」 「北斗中はスマートフォン持ちこみ禁止ですから」  真珠ちゃんはそう言って苦笑いをした。 「それに、そういう瀬戸さんもかわいい時計、しているじゃないですか」  指をさされてドキッとする。 「あ、これは、その……ちょっと、ね。あははは」  わたしはブルーのシリコンバンドの上から、手首をぎゅっと押さえた。  実は、生まれつき、わたしの手首にはアザがある。  丸の中に「S」を書いたみたいな、変な形のアザだ。お母さんにも子供のころ同じものがあったというから、たぶん遺伝なんだろう。わたしはこのアザを見られるのが恥ずかしくて、他人から隠すために腕時計をしているのだった。  幸い、真珠ちゃんはそれ以上深くたずねてはこなかった。 「じゃあ、占いのやりかたを教えますね。まずは腕時計のリューズを指でつまんで」 「リューズ?」 「時間を合わせるねじのことを、そう呼ぶんです。いいですか? リューズを持ったら、目をつぶります。そして占いたいことを口にしながら、リューズを回すんです」 「え、でも、それじゃ時計がぐちゃぐちゃになっちゃうんじゃない?」  リューズを回せば、時計の針も動く。適当にいじったりしたら、せっかく合わせた時間がズレてしまう。 「それでいいの。目を開けたときに、針がどっち向きになってたかで占うんだから」  集まった女子のひとりが言った。  真珠ちゃんが頷く。 「そう。ハイかイイエで答えられる占いの場合は、短い針が上下どちらを向いているかで答えを決めます。針が上向き……つまり、零時に近いほうを向いていればハイ、逆に六時に近い、下のほうを向いていればイイエです」  ハイが零時でイイエが六時……。  ん?  なんだろう。どこかで聞いたような。  わたしが首をひねった、そのとき。背中のほうから冷たい声がした。 「やめなよ、そんなこと」  振り向くと、あのウーさんがいた。  眉をひそめて、わたしたちを(にら)んでいる。その視線を迎え撃つみたいに、真珠ちゃんが一歩前に出た。笑顔だけど、目だけは笑っていない。 「あら、ウーさん。どうしてそんなことを言うんですか?」 「……悪い遊びだから」 「ただの占いが、ですか? どこが悪いと言うんです? 学校で禁止されてもいないし、法律に反してもいませんよ。根拠もないのに、他人のやっていることを悪いなんて決めつけるほうが、ずっと悪いことじゃないでしょうか?」  真珠ちゃんがすらすらと反論する。  言葉づかいは丁寧だし、言ってることも間違っていないように思える。でも声には、ウーさんをバカにするような響きがあった。 「真珠ちゃんの言うとおりだよ」 「ウーさん、ちゃんと謝ったほうがよくない?」  グループの子たちが真珠ちゃんに同調して、いっせいに責めはじめる。  うわ、うわ、うわ。こういうのは苦手だ。たとえ自分が責められているんじゃなくても、他人同士がケンカしているというだけで、わたしは胃のあたりがキューッとしてしまう。  多勢に無勢のウーさんが、一歩あとずさる。でも、そこでぐっと踏みとどまった。 「自分たちで遊ぶのは勝手だけど。転校生を巻きこむのは、おかしいんじゃないの」 「まあ。私たちが、むりやりやらせていると? そんなことありませんよね、瀬戸さん?」 「えっ」  わたし!?  真珠ちゃん以下、全員の視線がわたしに集中する。 (わたしは……初日からつきあいの悪いヤツだと思われたくないから、参加しようとしてただけで……別に、占いがしたいとか、そういうわけじゃ……)  なんてこと、とてもじゃないけど言える空気じゃなかった。もし、ここで真珠ちゃんを敵に回したら……わたしは転校して早々、クラスで孤立してしまうかもしれない。 「う……うん。わたし、占いとか、けっこう好きだし。イヤなんて思ってないよ」  わたしは真っ赤なウソをついた。  真珠ちゃんが「どうだ」と言わんばかりの顔でウーさんを見る。  ウーさんは肩をすくめてため息をつくと、そのまま教室を出ていった。  その姿が見えなくなったとたん、グループの女の子たちがいっせいにしゃべりだす。  内容はウーさんの悪口だ。「態度悪いよね」「やっぱり外国人だから、空気読めないんだよ」「文化が違うんだよね」とかなんとか。別にウーさんの味方をする気はないけれど、聞いていて気持ちがいいものじゃなかった。  どうやら、ウーさんはクラスでちょっと浮いた存在らしい。それが台湾人だからなのか、本人のもともとの性格のせいなのかはわからないけれど。
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