教室の女王

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 翌日から、ゆにちゃんの猛アタックがはじまった。  まずはイメチェン。かわいいけど子供っぽかったツーサイドアップをばっさり切って、大人びたショートボブに。通販で買ったシトラス系の練り香水は上品ないい香りがして、男の子じゃなくてもうっとりしてしまいそうだった。  大変身したゆにちゃんは、休み時間のたびに向くんに話しかけに行くようになった。それも、Jリーグがどうしたセリエ(アー)がどうしたという、サッカーの話をしに。それまではスポーツの話なんて、一度もしたことがなかったのに……だ。  戸惑っていた向くんも、自分の好きなサッカーの話(それも「深い」話)ができるとわかって、どんどんゆにちゃんと楽しそうに話すようになっていった。  はじめは向くんの席まで真珠ちゃんに同伴してもらっていたゆにちゃんは、みるみる自信をつけ、すぐに向くんとふたりっきりになりたがるようになった。  そんなふたりを後押しするみたいに、理科の実験の班決めでも、体育のチーム分けでも、ゆにちゃんと向くんは毎回一緒になった。  髪型や香水も、話題作りも、もちろんグループ分けだって、全部メイズさん占いの指示どおりにした結果だった。わたしは気づいていた。向くんと話しているゆにちゃんが、ひっきりなしに腕時計のリューズをいじっていることに。たぶん、どう答えたら向くんが喜ぶのか、メイズさんに教えてもらっていたのだと思う。  ウーさんはまた、ひとりでいる時間が増えた。笑顔は消え、いつもどおりのムスッとした表情に戻ってしまった。  そして、ある水曜日。  向くんはとうとう、今週の土曜日に、ゆにちゃんとサッカーの試合を見に行く約束をしてしまった。  本当なら、飼育当番は休みの日も教室に来て、ふたりっきりでカメのエサやりや水槽の掃除をしなくてはいけない。だけど向くんはウーさんに「悪いけど頼んだっ!」なんて言って、当番をウーさんに押しつけてしまった。ゆにちゃんとのデートのために……。  ウーさんは「わかった」と頷いて、それきりなにも言わなかった。  わたしはそれを見て、たまらない気持ちになった。  あっさり引き下がってしまうウーさんにも、占いなんかを使って他人の恋愛に割りこんできたゆにちゃんにも、そのゆにちゃんにあっさりデレデレになってしまった向くんにも、全員に腹が立った。  だけど、そこでわたしが出て行ったって、かえって話がこじれるだけだ。それがわかっていたから、わたしはグッとがまんしていた。  わたしがそんな気持ちになるところを、狙いすましたみたいに――。  メイズさんは三たび、わたしの夢に姿を現した。  三回目ともなると、自分がどこにいるかはすぐわかった。  メイズさんがお茶をしていた、あのお屋敷の庭の東屋だ。わたしはそこのイスに、ひとりで座っていた。  しゃ……きん。  しゃきん。  しゃきんっ。  どこからか、金属のこすれるような音がする。  わたしが音のするほうへ歩いていくと、生垣の迷路の出口近くに、赤いワンピースを着たメイズさんの後ろ姿が見えた。  伸びすぎた生垣の枝を刈っているようだ。はじめて夢で会ったときと同じ、童謡みたいな歌を口ずさんでいる。 「まいまい迷子のお嬢さん……道を知りたきゃおたずねなさい……」 「メイズさん」  声をかけると、メイズさんはくるりと振り向いた。  手にしていた刃物が、ぎらりと光る。それは大きな刃のついたかみそりだった。お父さんがひげそりに使うT字かみそりじゃなく、美容師さんが持っているような本格的なやつだ。 「あら、ミヅキ。来たのね」  メイズさんはかみそりをふたつ折りにすると、手品みたいにどこかに隠してしまった。 「その顔は、困りごとみたいね。言ってごらんなさい。ミヅキ」  メイズさんははじめて会ったときと同じように、クスクスッと笑った。 「う、うん。あの……こういうこと頼むの、自分でもどうかと思うんだけど……。これ以上、ゆにちゃんにいろんなこと、教えないでほしいんだ」 「倉橋ゆにのお願いに答えるな、と言いたいのね? なぜ?」 「だって……ゆにちゃんは占いの力で、ウーさんから向くんを横取りしようとしてるんだよ? そんなの、ズルいじゃん」  わたしがそう言うと、メイズさんは残念そうに肩を落とした。 「ミヅキ……。あなたは友達だし、できることはしてあげたいと思っているわ。でも、それはダメなの。占ってくれと頼まれたら、私は誰にでも答えを教えてあげなくちゃいけない。それがルールなの。でも……」 「でも?」 「ゆにとウー・ユーシャンの条件を対等にしてあげることはできる」 「……どういうこと?」 「簡単よ。ユーシャンも、私に占ってくれと言えばいいんだわ」 「えっ」  確かに、わたしがゆにちゃんのことをズルいと感じるのは、ウーさんに使えない手段で情報を手に入れているからだ。  もし、ウーさんもあの占いを使えたなら……なら、どうなるんだろう? 「そのときは、お互いの努力と、かけひきの勝負ということになるんじゃないかしら。それは、普通の恋愛だって同じことでしょう?」 「そ、そっか」  なら、もとから向くんに想われていたウーさんのほうが有利かもしれない。  もちろん、ゆにちゃんにだって可能性はある。百点満点の解決ではないかもしれないけれど、少なくとも、今の状況よりはマシなように思えた。 「わかった。ありがとう、メイズさん」  メイズさん占いのことを友達以外に話してはいけない、という真珠ちゃんとの約束は破ってしまうけれど……そこは、気づかれないようにうまくやるしかない。 「その気になったみたいね。頑張りなさい、ミヅキ。あなた次第で、私は、あの子に手が届く……」  メイズさんのクスクスという笑い声を聞きながら、わたしの意識はすーっと目ざめに向かっていった。
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