大追跡

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大追跡

 次の日――木曜日。  わたしは朝からずっと、ウーさんとふたりきりになるタイミングを狙っていた。  向くんがゆにちゃんのほうになびいたおかげで、ウーさんはずっとひとりでいたけれど、それだけに、こっちから話しかけに行くと目立ってしまう。  真珠ちゃんグループのメンバーはもちろん、できれば他のクラスメイトの誰にも、わたしとウーさんがふたりで話しているところを見られたくはなかった。  わたしはしかたなく、放課後になるのを待つことにした。  そして帰りの会が終わるとすぐ、図書室へと向かう。  ウーさんが、よく図書室で借りた本を読んでいるのを思い出したからだ。それに人の少ないあの場所なら、この前みたいに、誰の目にもとまらず秘密の話ができる。  本を読むふりをしながら待っていると、期待どおり、ウーさんが本を返しに来た。  わたしは足音をしのばせ、その背中に近づくと、そっと声をかけた。 「ウーさん」 「わっ。……瀬戸か。なに? びっくりさせないで」 「ちょっと、話したいことがあるの。こっち」  と、彼女の腕をつかんで、海外小説コーナーの陰に引っぱってゆく。ラッキーなことに、今日もそこは無人だった。  わたしは深呼吸をすると、思いきって話しはじめた。 「向くんと、倉橋ゆにちゃんのことなんだけど」 「ああ。最近イチャイチャしてるね。……それが?」  思ったよりも反応が軽くて、ちょっと不安になる。 「いきなりこんなこと言っても、信じられないかもしれないけど……ゆにちゃんはウーさんから向くんを奪うために、メイズさんの占いを使ってるの。メイズさんの占いは、絶対に正しい答えを教えてくれる。だからこのままじゃ、ウーさんには勝ち目がないの」 「はあ? ……待って。占い? なんのこと?」 「腕時計を使ってやる、あの占いだよ。わたしが転校してきた日、ウーさんがくだらないって言ってた、あれ。信じないかもしれないけど、あの占いは当たるの。百発百中。だからウーさんも、あの占いを使って!」 「まさか……」  ウーさんは、呆れた様子で鼻を鳴らした。 「ほんとだってば! いいから、だまされたと思ってやってみてよ。当たるから!」 「いやだ。私、占いは遊びでやっちゃいけないって、占い師の阿媽(アマー)……ばあちゃんに、教えられたから」 「でも……このままじゃ向くん、ゆにちゃんに取られちゃう……」  わたしが食い下がろうとすると、なにがおかしかったのか、ウーさんはぷぷっとふき出してしまった。 「取られるってなに? そもそも私のじゃないし」 「いや……でも……最近、いい感じぽかったし……」 「いい感じ? 恋人みたい、ってこと? 別に私は、そんなつもりなかったけど。だから向が倉橋とつきあいたいなら、好きにすればいいと思う。私は、あんたみたいに外野から勝手に決めつけてくるほうが迷惑。おせっかい」  お、おせっかい。がーん。  ズバッと言われて、わたしは大きなショックを受けた。  しかし、言われてみれば、まったくそのとおり。わたしは「ウーさんのため」と言いながら、当のウーさんの気持ちを確かめようとしてすらいなかったのだ。これじゃ、おせっかいと言われてもしょうがない。 「ご……ごめんなさい……」  へなへなと座りこむわたしの様子がよほど情けなかったのか、ウーさんは眉をハの字にして、逆にわたしをなぐさめてくれた。 「まあ……私の味方しようとしてくれたのはうれしいよ。ありがとう。だから、私も言うけど……宮島真珠たちとそんな占い遊びしてるんだったら、早くやめたほうがいい。絶対、よくないから」 「……どうして?」 「いつか後悔するから。そうやって占いのとおりになんでも決めて、大事なところで外れたらどうするの。取り返しがつかなくなっても、占いは責任とってなんかくれない。自分の運命は自分で決めるんだってこと、忘れちゃダメだと思う」 「そ、それは……普通の占いの話でしょ。メイズさんは違うよ。今まで一回も外れたことがないんだから、信じても大丈夫」 「それ、よけい危ないよ。占いっていうか、あんたたちのその考えかたがさ。盲信って言うのかな。自分の頭で判断したり、疑ったりする気持ちが、ほとんどなくなってるってことじゃん」 「……それは……」 「なにを話しているんですか?」  突然、すぐ後ろで声がしたので、わたしは心臓が止まるほど驚いた。  振り向くと、床に座りこんだわたしを、真珠ちゃんが冷ややかな目で見下ろしていた。その背後から、ゆにちゃん、若菜ちゃん、絵美ちゃんと、いつものメンバーがぞろぞろ現れる。  いったい、いつから聞かれていたんだろう? 「深月ちゃん、もしかして……」 「ウーさんに、占いのこと話しちゃったの?」 「なんで? 秘密にしようねって決めたのに、なんで破っちゃったの?」  みんなが口々にわたしを責めてくる。わたしは言い訳のしようがなくて、ただ、金魚みたいに口をぱくぱくさせることしかできなかった。 「よしなよ」  ウーさんがきっぱりと言った。 「私が問いつめて、瀬戸にむりやりしゃべらせた。だから、瀬戸を責めるのは違う」  本当は、わたしのほうから話しかけたのに。ウーさんはとっさにウソをついて、わたしをかばってくれた。  そんなウーさんの言葉を信じているのかいないのか、真珠ちゃんは冷たい目つきのままで言った。 「ええ、そうでしょう。友達の深月ちゃんが、私たちを裏切るはずがありませんから。……だけど、困りましたねえ。メイズさんのことは、私たち仲間だけの秘密でなくちゃいけないんです。……こうなったら、ウーさんにも仲間に入ってもらうしかありませんね」 「えっ」 「真珠ちゃん、マジ?」  思いがけない言葉に、みんなたちが目を丸くする。特に、ゆにちゃんはものすごくイヤそうな顔をしていた。 「ええ。私も反省したんです。これまで、ウーさんに少し厳しすぎたのではないかと。だから、こうしませんか、ウーさん。私たちは、あなたを遊びの仲間に招き入れる。あなたはその代わりに、私たちにプレゼントをしてください」 「……は?」 「最近、駅前のデパートに、かわいいお財布が入荷したんですよ」 「……意味不明すぎ。なんで、私がそんなことすると思うの」  ウーさんのおでこに深いしわが寄った。対する真珠ちゃんは、微笑みを崩さない。 「ふふ。実はこの前、絵美ちゃんが教えてくれたんです。メイズさんの占いで、先生が教室にやってくる時間や、授業中にトイレに行くタイミングまでわかるということが。……と、いうことは、ですよ? 店員さんや監視カメラを避けて、お店の商品を持ち出すことだって……」 「真珠ちゃん!? それって……」  泥棒なんじゃ、と言いかけたわたしは、途中でその言葉をのみこんだ。  ゆにちゃんや若菜ちゃんたちが、薄笑いを浮かべてわたしを見下ろしていたからだ。  もしかしたらわたしが知らなかっただけで、みんなは、メイズさんの占いをずっとそんなふうに使っていたのかもしれない。そして……今度はウーさんをその仲間に巻きこもうとしている? 悪事の片棒をかつがせて、口をふさぐために……。  真珠ちゃんが、黒髪をいじりながら言った。 「さて、ここで問題です。明日、ウーさんのかばんから、駅前のデパートから消えたばかりのお財布が見つかったとしますね。先生がこれを知ったら……どう思うでしょう?」 「私が盗んだって? バカじゃないの。私はそんなことしない」 「協調性がなくてクラスで浮いているあなたと、残りの女子全員。大人はどちらの言葉を信じるでしょうね?」 「っ……」  ウーさんが言葉につまるのを見て、ゆにちゃんが満足そうに鼻を鳴らした。 「私たちのお友達になって幸せに過ごすのと、万引き犯になってご家族を悲しませるのと……どちらが得かなんて、考えるまでもありませんよね。ね、ウーさん」 「……そうやって脅せば、言いなりになるとか思ってるわけ。信じられない。ゲロ吐きそう」  ウーさんが、真珠ちゃんをにらみつけながら言った。 「その言葉づかいも、後でちゃんと直してあげますね。……どのみち、あなたに選択の余地なんてありません。さあ、一緒に来てもらいましょう」  真珠ちゃんが目で合図をすると、ゆにちゃん達がさっと動いて、ウーさんをとり囲んだ。 「お財布の次は、あたしへのプレゼントだからね。ちょうど新しいイヤホンが欲しくてさ……」  ゆにちゃんが、ウーさんの肩に手を回そうとした……その瞬間。  ウーさんがすばやく動いて、ゆにちゃんを突き飛ばした。  ウーさんは女子にしては背が高い。それに対して、ゆにちゃんは小柄だ。軽々とはじき飛ばされたゆにちゃんは、背中から本棚に激突した。棚の上に並べてあったハードカバーの単行本が落ちてきて、ゆにちゃんの頭にばさばさと当たる。 「いったーい!」  その声を合図に、ウーさんがバッと駆けだした。 「追いかけなさい!!」  真珠ちゃんが、これまで聞いたこともないような怖い声で叫ぶ。  それを聞いて、若菜ちゃんと絵美ちゃんが弾かれたように走りだした。ハードカバー本を蹴っ飛ばして、ゆにちゃんがそれに続く。 「こ……こらっ。走っちゃいけません!」  貸出カウンターにいた司書の先生が驚いて叫ぶけれど、誰も耳を貸さなかった。わき目も振らずに図書室を飛びだしてゆく。 「深月ちゃん。私たちも行きますよ」  真珠ちゃんはへたりこんだままのわたしをむりやり立たせると、ウーさんたちを追った。強くつかまれた腕に、爪がぎりぎりと食い込んで痛い。  わたしは半泣きになりながら、真珠ちゃんに引きずられて走りはじめた。
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