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夢と占い
わたしは迷路にいる。
きれいに刈りこまれた生垣の迷路だ。背の高い生垣に挟まれた細い道が、ぐねぐねと左右に折れ曲がりながらどこまでも続いている。
わたしは目的もなくその中を彷徨いながら「ああ、これは夢なんだな」と、なんとなく感じている。
しばらく進むと生垣が途切れて、開けた場所に出た。
洋風の立派なお屋敷が見える。
がっしりとした黒レンガの壁に、尖った灰色の屋根。手前には広い庭があり、花壇に色とりどりの花が咲いていた。風が、爽やかなレモンの香りを運んでくる。
その庭の真ん中で、女の子がひとり、遊んでいた。童謡みたいな節回しの歌を口ずさみながら、不思議なステップを踏んでいる。
「まいまい迷子のお嬢さん……道を知りたきゃおたずねなさい……メイズさんにおたずねなさい……ハイは零時でイイエは六時……メイズさんの言うとおり……」
わたしよりもだいぶ年下だ。たぶん小学校三、四年生くらいだろう。
ノースリーブの赤いワンピースに、白のサンダル。チョコレート色の巻き毛に、黒いレース飾りのついた赤いつば広帽を乗せている。長く伸ばした前髪が目もとを隠しているせいで、顔はよくわからない。
わたしに気づくと、女の子はステップを踏む足を止め、赤いくちびるをきゅっと曲げて笑った。おいでおいでと、わたしを手招きする。
わたしが夢の中にありがちな、ふわふわした気分で近づいてゆくと、女の子は言った。
「いらっしゃい。よく来たわね、ミヅキ」
そうだ。わたしの名前は深月。どうして知ってるんだろう。
……でもまあ、夢だし。そんなこともあるか。
「……あなたは?」
「私はメイズ。みんな、メイズさんと呼ぶわ」
そう言って、女の子――メイズさんは、クスクスとしのび笑いをする。まるで鈴を転がすようなきれいな声をしていた。
「ねえ。私、ずっとひとりでここにいて、退屈していたの。あなた、私のお友達になってくれない?」
「そうなんだ。……うん。いいよ」
わたしは、軽い気持ちで頷いた。
「ありがとう。お礼に、いいことを教えてあげるわね。もし、なにかに迷ったら、わたしにたずねなさい。いつでも、正しい答えを教えてあげるわ」
「たずねるって、どうやって……?」
「すぐにわかるわ」
メイズさんはまたクスッと笑うと、首にかけた金色の懐中時計を手に取った。
懐中時計とは、ポケットに入るくらいの小さな時計のこと。円盤型をしていて、コンパクトのような蓋と、鎖がついている。
テレビで見たことはあったけれど、実物を目にするのは初めてだった(いや、夢なのに「実物」っていうのはヘンか?)。
メイズさんは懐中時計の蓋を開いて、中を覗きこむ。
わたしの位置から文字盤は見えなかったけれど、かちかちと時を刻む歯車の音が、かすかに聞こえた。
「ああ、そろそろ時間だわ。また会いましょう、ミヅキ」
メイズさんが手を振る。突然のことにわたしが驚いていると、とたんにレモンの香りが強くなって、鼻がつんとした。
そこで目が覚めた。
「深月。深月ってば。起きなさい。学校、着いたわよ」
気づくと、お母さんが苦笑いしながら見下ろしていた。
そこは車の中だった。エアコンの送風口に、黄色い芳香剤のクリップがついている。レモンの香りの正体はこれだ。よく考えたら、お花畑でレモンの香りっておかしいもんな。
フロントガラスの向こうに見えるのは、クリーム色の校舎。
今日からわたしが通うことになった、北斗中学校だ。
校舎の後ろには林がある。六月の太陽を浴びて緑色の葉っぱを輝かせる、こんもりした木々のシルエットを見ていると、ああ、田舎に来ちゃったんだなと実感する。
お父さんの急な転勤で、わたしたち家族はこの北斗市に引っ越してきたばかり。今日が、わたしの転校初日だった。
「グーグーよく眠ってたじゃない。てっきり緊張してるかと思ったけど、その様子じゃ心配いらなさそうね」
お母さんが言った。なんだか鈍感だと言われたようで面白くない。
「いや、ちゃんと緊張してるってば。変な夢見たし」
「変な夢って?」
「なんか……女の子が出てきた」
お母さんにはピンとこなかったらしい。首をかしげると、「いいから早く降りて」とわたしを急かした。
腕時計をちらりと見ると、八時ちょっと前。
もう少しでホームルームがはじまる時間だった。
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