夏の夜

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 暗いところだ。  最初の感想がそれなのだから自分の冷静さに恐怖を感じる。 見たところ街灯は近くになく家やコンビニの明かりも見当たらない。わかっていることは、ぬるい風が吹いていることと月明かりも厚い雲に犯されていて、うっすらとしか回りを照らしてくれないと言うことだけだ。五感を極限まで高める。そうすることで何か情報がつかめるとおもったからだ。夜の木の匂いがする。右足を前に出してみるとアスファルトの感触でないことも分かった。  ここは山だ。そう確信した。 この気持ちが出来上がってしまえばこれから自分のやらなければならないことにも判断が付いてくる。まずここが入口なのか中心部なのかもしくは出口なのか?近くに自分以外の生き物はいるのか?安全なのか危険なのか?とりあえずこのまま立っているだけでは何も解決しない。さらに多くの情報が必要だ、動き出さなければ。左足を前に出そうとした時ようやく自分の置かれている状況に恐怖を感じた。  足が動かない。  まるで縫い付けられてるような感覚。力一杯動かしてもだめだ、気が付けば両足とも固まってしまっている、さっきまで動いていたはずのものが動かない。膝や太もももがっしりと地面と繋がっている。がむしゃらに動いてはいけないまずは落ち着かなくては。気持ちを抑えることに集中する。 数秒間の深呼吸がこんなにも長く永遠のように思えたことはない。そしてまた、落ち着くと同時に新しい恐怖に出会う。  音がない。  聞こえないわけではない心臓の音や唾を飲み込んだ音は認識できる。他の音がないのだ。薄明かりでも森が揺れていのるはわかる、しかし本来なら聞こえているはずの葉っぱの擦れ合う音や、風が木々の間を通り抜ける音がないのだ。自分の音だけが聞こえる。これほど恐ろしいことがあるだろうか。必死に抗ってはいるがその恐怖はいっこうに手を緩める気配はない。  汗をかいていたのだろう頬に違和感を感じた。冷や汗と言うものだろう自分が汗をかいていることすら気づかなかった。焦ってはいけないゆっくりと拭って違和感を取り去る。まず状況を好転させるために策を考えなくては。  私は考え続ける。拭った手に付いた真っ赤な違和感を見ながら。
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