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わたしは口もとにそっと指を近づけ、聡太の顔をじっと見つめた。
しーーー。静かにね。もちろん、その仕草だ。
聡太は頷いた。頷いて、ライオンの方をキッと見据えた。大した息子だ。ちゃんと聞き分けられるようになった。まだ幼稚園児なのに、聡太はしっかり成長しているではないか。
「ガオーーーー!!!」
ぎゃあああああああっす!
成長しとらーーーーーん!
なんでえぇぇぇぇ!?
うわーん、ガオー言ってほしくないっ! うわあぁぁぁん!
思わぬ息子の威嚇と反抗期に、聡太と同じリアクションをとるわたし。
わたしは誘拐犯ごとく聡太の口もとを強く押さえた。
「聡太、パパから一生のお願いだ。ガオー言っちゃダメ。食べられちゃう。週末に食べられちゃうから。な?」
「もごもご。だってパパ、ライオン倒せるって」
「倒せないかもしれないでしょ。だってそういえば武井壮がライオン倒したところ見たことないもん。聡太、パパ食べられたら嫌でしょ」
聡太が泣かない程度に優しさもまじえて説得する。聡太はこくりと頷き、黙ってくれた。
だが、我が息子のガオーは動物を引き寄せる力があるようだ。雌のライオンが獲物をゲットする低い姿勢でもう目の前まで近づいてきているではないか。
もうダメ。ずっとピンチ。
映画ジュラシックパークで子供たちがなんであんなに叫んでいたのかが分かる。大人の理性で叫んでいないだけで、わたしは今にも叫びながら逃げ出したい。
警戒しながらも、いつでも飛びかかれる体勢でこちらを睨む雌ライオン。そして、その後ろに何頭もライオンが控えている。ピンチェスト(ピンチの最上級)である。
右側にはいつの間にかトラも。左にはハイエナまでいる。
ピンチ、ピンチャー、ピンチェスト。
ピンチ、ピンチャー、ピンチェスト。
わたしは意味不明な呪文を唱え始めていた。死が迫ると人間こういうものだろうか。
さすがに聡太が震え上がり涙目を浮かべている。もう、ダメか。そう覚悟した時、ポケットが震えた。
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