悪魔の子

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悪魔の子

風が強い乾季。 巷では飢饉(ききん)に苦しむ貧しい者でひしめき合い、今日も力及ばぬ命が灯火を消していく。 町の中央には華美な王宮が(そび)え立つが、民の命を預かるはずの王族が、この地獄のような町外れに姿を見せることはない。 代わりに腹の贅肉を揺らしながら闊歩するのは、罪もない人々を痛めつけては僅かな財まで奪い取る役人だった。 「かあちゃん、あの人また来たよ。あの人はどうして何もしてない私たちをいじめるの?」 「しっ。静かに。声を出しちゃ駄目よ」 母親は幼い我が子を守るように抱きしめたが、その声は不運にも目を光らせた役人の耳に入った。 「貴様、卑賤(ひせん)の者のくせに不平不満をもらしたな?」 母親は真っ青になりながら額を地面にこすりつけた。 「お、お許しください!!この子はまだ幼い子どもで!!」 「誰が口を利いてもよいと言った!!」 蹴り飛ばされた母親は地面に崩れ落ちた。 「かあちゃん!!」 子は必死で手を伸ばしたが、その両手は瞬きする間に空を飛んだ。 役人の手に血が滴る大剣が光る。 悲鳴は空を切り裂き、肘から下を失った子どもは地面をのたうちまわった。 「あぁ!!ヤーシャ!!」 母親は泣きながら我が子に覆いかぶさったが、役人は逡巡せずその母親ごと子どもを串刺しにした。 今度は悲鳴は上がらなかった。 親は心臓を、子は肺をひと突きにされたのだ。 口から漏れたのは赤い液体だけだった。 「ひ、ひどい…」 これは役人のただの憂さ晴らしだと誰もが知っている。 遠巻きに見ていた少女の口から思わず嗚咽が漏れたが、役人は間髪入れずに振り返った。 「まだ、私に何か言いたい者がその辺りにいるようだ」 少女がいる人集りまで歩み寄ると、切先をちらつかせる。 「今声を発したのは、誰だ?」 周りの者は一斉に少女を盗み見た。 「お前か」 「ひっ…」 役人はにんまり笑うと少女の腕を掴んだ。 「や、やめて!!誰か!!」 甲高い悲鳴に誰もが目を逸らす。 だが次に響いたのは醜い男の叫びだった。 「うがあぁああぁ!?」 地に伏せったのは、右腕が切断された役人だった。 その隣にむくりと起き上がる小さな影。 「あ…」 人々の顔は役人の時とは違った恐怖に引き()った。 「悪魔!!」 「悪魔の子だ!!一体どこから!?」 不自然なほど長い剣を引きずるのは、五歳ほどの痩せた子どもだった。 獣のように感情のない鈍色(にびいろ)の目で、転がる役人を見下ろしている。 「この、貴様!!ぶち殺してやる!!」 役人が引き連れていた護衛二人が、少年目掛けて剣を引き抜く。 悪魔の子は敵意にぴくりと反応すると、目にも止まらぬ速さで長剣を一閃させた。 何が起きたのか分からぬうちに護衛達の剣が弾き落とされる。 「うわっ!!」 「ば、化け物だ!!」 護衛は真っ青になると人を掻き分け逃げだした。 「ま、待て!!待たぬか!!」 脂汗を流しながら役人が喚く。 「おい、誰でもいい!!貴様ら、そのガキを、こ、殺せぇええ!!」 醜く叫べど当然応える者など一人もいない。 代わりに子どもの口元に、にたりと恐ろしい笑みが浮かんだ。 「あ、や、やめろ…、おい!!やめろぉおおお!!」 そこからはとても直視できぬ光景だった。 少年は役人を滅多刺しにした。 どれだけ男が助けを乞おうが、心動くような反応はひとつもない。 役人が静かになると、悪魔の子は己に浴びた返り血をべろりと舐めた。 死体を引きずり町の外へと消えて行く。 その所業はまさに悪魔。 人々は吐き気のする口元を押さえながら、小さな背中から目を逸らした。
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