悪魔討伐命令

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悪魔討伐命令

「討伐の相手が、たった子ども一人だと?」 伝令から石板を受け取った男が渋い顔で酒を(あお)る。 「馬鹿馬鹿しい。何だって俺たちがそんなことを…」 「先日、ついに役人までが殺されたからだ」 「へぇ、誰だよ。そんなガキにやられた情けない野郎は」 「スコット・マーブルのジャナンだ」 「へっ。あの業突く張りの豚役人か。どうせまた怨みでも買うようなことでもしたんだろ。自業自得だ、放っておけよ」 「レイド」 伝令の嗜めるような声が若き騎士団長の名を呼ぶ。 レイドは喉を焼くアルコールと軽く表面を炙った肉を丸ごと口にし、わざとのんびり咀嚼(そしゃく)した。 「分かったよ。従えばいいんだろ、従えば。ったく、面倒があればすぐ俺の管轄に回しやがる」 「辺境警備が主なロドディア騎士団に、偏屈な命令は打ってつけだろ?」 「けーっ、これだから城勤めなんざ選んだ奴はいけ好かねぇんだ」 互いに気軽に悪態がつけるのは、旧友でもあるからだ。 「…で、そのガキは一体何者なんだ」 友のグラスに酒を注ぎながら声を落とす。 自分への伝令にわざわざ親友のアントワが当てがわれたのだ。 お(かみ)が密やかに事を済ませたがっている魂胆は透けて見える。 案の定、アントワも声を潜めた。 「詳しくは分からないが、どうやら巷では悪魔の子だと囁かれている」 「悪魔の子ぉ?人でも呪うのかよ」 「いや、どうやら生き血を啜ることを好むらしくてな。引きずるほどの長剣を振り回し、人を殺してはどこかへ持って行っちまうらしい」 なるほど、悪魔めいている。 顔をしかめたレイドの手から、赤い汁が滴る肉が遠のいた。 「それにしても浮浪児一人を絞めに行くのに騎士隊は動かせないぜ?どんな大義を翳しても世間はいい顔しないからな」 「分かってるさ。だがお前のところには腕が立つのに浮いてる従騎士が一人いるだろ?」 レイドの鳶色の瞳が剣呑に細められる。 「ラシウスのことか」 「その通りだ」 狙いが読めてきたレイドは背もたれに体重を乗せ足を組んだ。 「つまり、これは騎士団への要請に見せかけた、ラシウス一人に悪魔退治をしろという勅命なんだな?」 アントワは友が逞しい体躯(たいく)に怒りを(はら)ませたことに気付きながらも肩をすくめた。 「彼が無事悪魔を仕留めればロドディアの名はまた一つ上がる」 「綺麗事ぬかすんじゃねぇよ。神に忠誠を誓う騎士に泥臭ぇこと頼んでねぇで、お抱えの傭兵でも向かわせりゃいいだろうが」 顔色が僅かに変わった友に、レイドはぴくりと片眉を上げた。 「まさか…」 「ああ。差し向けた者は誰一人帰ってこないそうだ」 石造りの執務室に沈黙が降りる。 レイドはテーブルの端に寄せていた石板を静かに手に取った。 「ラシウスは…命令には従うだろうが、あれは今殆ど使いものにならんぞ」 「ああ」 「分かっていてこの命令か。よく出来たことだ」 勅命に背けば死。 そして悪魔に出会えばこれもまた高確率で殺される。 団内でラシウスを守ってきたつもりだったが、まさかこんな捻りの効いた手を打たれるとは予想外だ。 レイドは椅子から腰を浮かせると、青筋の立つ手で石板を壁に叩きつけた。 派手な音と共に、石板が無意味な石の欠片と化し床に散らばる。 「くそったれが」 「レイド…」 「分かってる。三日後にはラシウスに向かわせる。その代わり、俺のやり方には一切口を挟むなと上に言っておけ」 嫌な役を引き受けたアントワは、怒れる友を出来るだけ宥めてから都へと帰って行った。
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