従騎士ラシウス

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従騎士ラシウス

およそひと月といったところだろうか。 久々に外に出たラシウスは目が眩みそうになった。 手足は以前よりすっかり萎えたが、元々鍛えていた体は姿勢正しく乾いた道を歩く。 「無理ならちゃんと言えよ。俺にはお前の体の変化が分からんからな」 気遣い程度にかけられるレイドの声。 だがラシウスはそれすら気に入らない。 無意識に左腰に差した刀に触れると、弱みを見せぬよう、ついと前方だけに目線をくれた。 二人が目指したのは悪魔がよく現れるという王都だ。 とはいえ、足を運んだのは贅を尽くした城下ではなく荒野が近い町外れだ。 レイドは役人が殺された現場を検証するつもりであったが、それよりも荒んだ光景に絶句していた。 「こいつはひでぇな。確かに今年は干魃(かんばつ)が酷かったとはいえ…」 道には何処もかしこも飢えに行き倒れた者が溢れかえっている。 辛うじて動いている民も足元がおぼつかず、全くもって気力がない。 「まるで生き地獄だ。役人どもは何やってやがるんだ?」 「…その役人が、荒みに拍車をかけてるのでは?」 ラシウスが顎でしゃくる先には、少女から小麦を奪い暴力をふるう役人の姿がある。 レイドは無言で足を速めると揉めている中に割って入った。 「何してんだ、あんた」 「あん!?何だ貴様…」 いかにもひねた目をした馬面の役人は、壁のように大きな男の厚い胸から太い首、そして厳しく光る眼光を目にして言葉を飲んだ。 「な、なん…」 「飢えに苦しむ民から更に食料を強奪するとは、役人の風上にもおけんな」 「き、貴様、だ、誰に向かって!!私はマヌスの豪族ジョン・キースト・オールドの甥で…」 「俺はロドディア騎士団団長、レイド・マイクナー・ソル・エデンカだ。話があるなら城で聞こうか」 役人は小さな悲鳴を上げて真っ青になった。 辺境の地とはいえ、騎士の地位は貴族に次いで高い。 更に団長に就任する者は、王家の血筋が何かしら関わる大貴族か、もしくはそれ同等の名誉を所持する者が大半だ。 役人は震える手で小麦の袋を道に置くと、そそくさと逃げて行った。 「大丈夫か?」 レイドは険しい顔を一変させ、小麦袋を少女の手に乗せてやった。 「あ、あの、ありがとう、ございま…」 熊のような大男が浮かべる優しい眼差しに、少女は堪えきれずボロボロと涙を流した。 「リュカ、大丈夫かい!助けてやれずすまねぇ」 老人が一人よたよたと駆け寄ってくる。 リュカと呼ばれた少女は涙を拭うと気丈に顔を上げた。 「ううん。こっちこそ、騒がせてごめんなさい」 「まったく…。役人共も入れ替わり立ち替わり来るが誰一人としてまともな奴がいやしない。あれじゃまたそのうちちっこい悪魔を呼び寄せちまうぞ」 そっとその場を離れようとしていたレイドは足を止めた。 「その悪魔、あんたらは見たのか?」 少女は目一杯顔を上げるとひとつ頷いた。 「ラス、ちょっと来い」 レイドは人に近付かぬよう遠巻きに見ていたラシウスを手招きし、少女の前に片膝をついた。 「お嬢ちゃん。その悪魔の話、俺たちにもう少し詳しく教えてくれねぇか」 「え…」 リュカは思わぬことを言われ逃げ腰になった。 だがレイドの隣に並んだ青年を見た途端、何もかもが吹き飛び、あんぐりと口を開けた。 それは老人も、いや近くに居た者たちも同様だった。 きちんとした騎士の身なりで立つのは、思わず息を呑む晶瑩玲瓏(しょうえいれいろう)な青年だった。
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