シュレディンガーのストーカー

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 吾輩はストーカーである、素直に名前を名乗る馬鹿はいない。  突然だがシュレディンガーの猫という話をご存知だろうか?僕も聞き齧っただけのうろ覚えで申し訳ないのだが、量子力学の思考実験という奴らしい。難しいことは僕も分からないので省くが箱の中に入れた猫に半分の確率で死んでしまう罠を仕掛けると箱を開けて猫の生死を確認するまで猫は生きた状態と死んだ状態が重なっているという。  普通なら罠が発動した時点で当然生死は決まっているだろ!というツッコミ待ちの展開なのだが、(実際シュレディンガーさんも突っ込まれるの待っていたと思う)量子力学のミクロの世界ではこの不思議な現象が起きているらしく、マクロの世界でも起こりうるのではとわちゃわちゃ議論されているらしい。  長々と話してしまったが、何が言いたいかと言うと自分で観測するまでは世界は決まらない、だからこれは知的好奇心の発露であって下心からくる犯罪行為では無いと言っておきたい。  さて僕の目の前には視聴覚室がある、そしてつい先程二人の男子生徒が怪しげに肩を寄せ合い入って行った。まさに今、視聴覚室はシュレディンガーの猫状態であると僕は断言しよう。  ここで何が行われているかも興味深くはあるのだが、しかし偶然、そう偶然だ!物陰に佇んだ僕の耳は聞いてしまった。彼が一人の男子生徒に同衾のお誘いをしているところを。そして僕はペルシャ猫のように美しい僕のオムファタル(運命の人)がネコ(受)であるかタチ(攻)であるか大いに悩んだ。  真実とは己の目で確認せねばならぬもの、行動なくして真実は得られぬ。いざ開かれんエデンの園!(視聴覚室) ーーそして冒頭に戻る  「お前、何組の誰だ?こそこそ人のことつけやがって!」  目を吊り上げて激昂する彼の姿も美しい、しかし僕の目論みは失敗に終わった。窓からこっそり忍び込むつもりが縁に足を引っ掛け盛大に転んだ、一生の不覚である。お相手さんは驚き逃げ出して、冷たい床に口づけした僕と仁王立ちした彼がこの場に残された。  「…………」  名乗るわけにはいかないので無言で首を項垂れる、ますます不機嫌になった彼が僕の首根っこを掴んだ。  「いい所だったっていうのに邪魔しやがって、俺のフラストレーションを何処で晴らせばいいんだよ」  申し訳なくてさらに深く首を垂れていると彼が投げやりに言った。  「もうお前でいいや、全然好みじゃないけど凹んでる姿がうちの猫っぽくて気に入った」  「!?」  いつの間にか壁ドンから床ドンになって世界が回る、初めて見る彼の雄の表情にどきゅーんと胸を撃ち抜かれたが、服に手を掛けられて正気に戻る。違う、違うんだ、僕は君の事なら何でも知りたい程愛しているがこれは解釈違いだ!!!  待て!待ってくれ!ステイだ!ステーーーイ!!!  アッーーー!!!  好奇心は猫を殺すとは言ったものだが死んだのは僕の腰だった。そして彼がネコかタチかを確定させる事には成功したが、同時に僕がネコという事実まで確定させてしまった。  自業自得とはいえあんまりな展開にさめざめと泣いていると、ストーカー相手とはいえやり過ぎたと思ったのだろう、彼が声をかけてきた。  「お前さ、何で俺なんかをストーキングしてたんだ?顔はちょっといいかもしれないが見ての通りロクな奴じゃない」    全くその通りなのでうん、うんと頷いていると彼の眉間に皺が寄った。  「自分で言っておいてなんだが、覗き間のストーカー野郎に一も二もなく同意されるとムカつくな……」  「自分のことは棚上げして言わせてもらうけど、最近の君の行動は大変よろしくない、授業をサボってさっきのような不純同性交遊はいかがなものかと思うし、こういう行為を合意なしで行うのは犯罪だ」  彼はグッと息をつめて、じゃあそんな奴は放っておけよとこちらを睨んだ、しかし僕は怯まずに言葉を続ける。  「しかし同時に僕は君がとても優しい人間だと知っている。この世界は観測されるまで確定しない、誰よりも君を観測していたストーカーの僕が言うんだ間違いない、君は素敵な人間だよ」    彼の瞳を真っ直ぐ見つめながらそう言い切ると、彼の方が折れて視線を逸らした。  「……認知の歪んだストーカーに言われてもなぁ」  「確かに僕の認知は歪んでいるかもしれない、しかし、しかしだ!君が怪我を負った野良猫を家に連れ帰り、そのまま情に負けて飼ってしまうような実は優しい不良のテンプレをやる人間だと僕は知っている」  「おいこら!どこでそれ知ったんだよ!!………はぁ、お前には負けた。わかったよこういうのはもうやめにする。だからお前もストーカーやめろ、次からはこそこそせずに正面から声かけろよな!」  久方ぶりに見る彼の笑顔に今度こそ心臓を射抜かれた、家庭環境が荒れて非行に走っているがこれが彼の本来の姿だ。  「でっ?お前、名前なんて言うんだ」  「えっ……と…………………タマ」  「はぁ?タマ?それはあだ名だろ、……猫かよ」  何度も聞かれたがそれ以外答えられずにいると、授業の始まりのチャイムが鳴った。サボらないと約束したのを覚えていたのだろう、舌打ちをして立ち上がる。  「次に会ったら、絶対聞き出してやるからな!」  「ーーあぁ、またね」    その後、家に帰ってベッドの上で丸まった。疲れていたのだろうそのまま深い眠りに落ちていった。どれくらい寝ていたのだろうか、ゆさゆさと僕の体が揺さぶられる。そして耳元で僕の名を呼ぶ彼の声がした、その声色はいつもより明るくて機嫌が良さそうだ。  「タマ、タマ、起きろ」    飼い主の彼の呼び掛けに応えて僕はにゃーんと一鳴きした。  吾輩は猫である、100年の月日を経て人に化ける術を覚えた化け猫である。
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