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『もう誰も間違わないように、データの名前を変えておこう。さっきのは触るな危険、だったから……よし、開けると爆発……っと』 「………」  このお客様は、定期的に電話をかけてくる。その大半が今日のように『最新のデータがなくなった』という内容だ。そして一緒にフォルダを検索すると、似たような名称のデータが複数出てくる。『危険物』『爆弾』『開けると不幸』エトセトラ……やたらと物騒なデータ名称は、彼女が任意で設定したものだ。  どうも彼女は第三者が誤って会計データを触っているのでは、と危惧しているらしいが……残念ながらこのユーザーにパスワード設定の案内はできない。  以前に一度、彼女は何気なくパスワードを設定し、直後に暗証番号を忘れて大慌てで電話をかけてきたことがあった。その時たまたま担当した夏樹が彼女の上司とも話をしたところ、『日々の細々した取引入力を担当しているだけだから』とパスワードの使用は禁止された、という経緯がある。  しおしおと謝る彼女の側で上司の朗らかな笑い声も聞こえたから、おそらく少し天然な彼女は職場で愛されているのだと思う。電話越しに伝わる雰囲気に、ほっこりした覚えがある。会社の事情も、会社それぞれだ。 『あっ、もうお昼過ぎてる! ありがとうございました、それじゃ!』 「お電話ありがとうございました」  相手が電話を切ったことを確認し、夏樹はヘッドセットを外して伸びをした。先にログアウトして、パソコンに作業内容を入力する。 「ええと、データが複数存在していたため一緒に最新のものを検索し、不要なデータの削除をご案内。今後の参考に、現時点の最新データ名は『開けると爆発』……っと」  まとめるとほんの数行の内容に、30分かかってしまった。彼女が散々いじくり回したあとだったので、データの更新日時が全て今日になっていたからなのだが。 「報告書……は、あとでいっか。先にお昼食べに行こ」  1回の通話時間が30分を超えると、報告書を提出しなければならない。それが一定数たまると、チームリーダーを交えてフィードバックが行われる。  コールセンターの通話は、今後のサービス向上とトラブル回避のため一定期間録音保存されている。その中から長引いてしまった通話の録音を一緒に聞いて、どうすれば的確な案内ができるかをアドバイスされるのだが、これがなかなかに辛い。自分の通話を改めてじっくり聞かれるというのは、ある意味拷問だ。
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