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「今日のA定食って味噌カツだったんだよねー、まだあるかなぁ」  夏樹は適当にデスクの上をまとめて、席を立つ。足元に置いていた鞄から財布とスマートフォンを取り出そうとして、ファイルが隣の席にはみ出していることに気が付いた。 「おっと」  隣の席の北野悠里(きたのゆうり)は、ちょっと神経質なところがある。私物が少しでも浸食していると、嫌そうな顔をするのだ。 「小学生かよ、ったく。こっからここまで俺の陣地ーってか……あっ」  どけようとしたファイルの端が隣の席のマウスに触れてしまい、北野のパソコン画面にメールボックスが立ち上がってしまった。 「うわ、やべ……ん?」  慌てて消そうとした夏樹は、メールボックスの送信履歴一覧が目に入り、ある1点を見つけて固まった。 「え? 『杉本君について』……え、何これ」  業務的なタイトルに混じって、自分の名前が書かれた行がある。 「え、俺?」  頭にハテナマークが浮かびつつ、思わずそのメールを開こうとしたところで、遠くに北野の声が聞こえて慌ててメールボックスを閉じた。  さり気なくファイルを片付けていると、北野が戻って来た。 「あ、あー、お疲れ様です」 「お疲れ」  北野はじろりと視線を向け、そのまま自席に着く。 「もう、電話長引いちゃって参ったよー。何でお昼時にかけてくんだろねー。あ、A定食ってまだあった?」 「……社食なら行ってない」 「あっ、そっか。そうだよねー、あはは」  人は、やましいことがあると饒舌になる。  普段はほとんど会話などしないのに、いつになく話しかける夏樹に、北野は怪訝そうな顔をした。 「えーと。じゃあ、お昼行ってきまーす。お先……じゃない、おあと? なんちって」 「………」  そそくさと席を離れる夏樹に訝しげな視線を投げ軽く首を捻った北野は、ふいと自身のパソコンに目を移した。 (無視かよっ。ってか、完全に俺のことバカだと思ってるよな、あれ。うう)  夏樹は軽い自己嫌悪をごまかすように肩をぐるぐると回しつつ、オフィスをあとにしてエレベーターに向かった。
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