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「お前、その北野って奴からそれとなく探れねぇ? 話とか聞き出すの、得意だろ」
「……隣」
「え?」
「俺の隣の席、その北野悠里」
「マジか! じゃあ、もう結構仲良かったりする? 何か聞いてねぇ?」
「いや……ちょっと気難しそうっていうか、あんま誰とも打ち解けてないっていうか」
北野悠里は2週間程前に本社から異動してきて、たまたま空いていた夏樹の隣の席になった。確かに中途半端な時期ではあったが社内間の異動だし、まあそんなこともあるかと、全く気にしていなかった。
桑原は、したり顔で頷いた。
「そりゃあ立場上、誰とも打ち解けられる筈ないよな。で、どんな奴?」
「どんなって……眼鏡かけてて神経質そうで……タッパあるからちょっと威圧的な感じ? 自己紹介の時に28って言ってたかな。本社では総務にいたとか、何とか。あんま喋んないから、分かんね」
「ふーん、結構若けーな。お前、人たらしなんだからさ、ちょっと仲良くなって探ってみろよ」
「……てかさ。俺、ヤバいかも」
「何が?」
「ヤバいって。……うわぁ、マジか」
「どうした?」
夏樹はバリバリと頭を掻き、しばし上を向いて目を閉じる。そして、ついさっき目にしたメールのタイトルを思い出して、ぎゅっと息を止める。
──『杉本君について』
そして目を開けて桑原を見るとそのまま下を向き、大きく息を吐いてがっくりと肩を落とした。
「……俺。たぶん、リストラ対象者だ」
「は?」
訝る桑原に、夏樹はここに来る直前に見た北野の送信履歴の話をした。
桑原が、思案顔になる。
「うーん、『杉本君について』ねぇ。お前、何かやらかした覚え、ある?」
「……ねーと思いたい。……なぁ俺、クビになんの?」
既に泣きそうになっている夏樹に、桑原は苦笑しつつ明るい声を出した。
「まだ分かんねーだろ、そう落ち込むなって。うちの会社で他に杉本って奴がいねーか調べといてやるから。お前さ、隙見てそのメール見てみろよ」
「無理だって。……てか、見る勇気、ない」
「しっかりしろって! こっちもまた情報仕入れといてやるから。……やべ、もうこんな時間」
ちらりと時計を見た桑原が、トレーを持って立ち上がった。
「また連絡するから、元気出せ。メールは、見られそうなら見た方がいいと思うぞ。あと……とりあえず、その北野って奴とは仲良くしとけ。今、俺から言えるのはそのくらいだ」
「……ありがと」
すっかり食欲がなくなり半分残ったままの炒飯と共に、夏樹は力なく桑原を見送ったのだった。
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