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 ──翌日。  珍しくあまり眠れない夜を過ごした夏樹は、遅刻ぎりぎりに出社した。慌ただしく席に着くと、努めてさり気なく隣に声をかける。 「おはよう……ございます」 「おはよう」  年上の人に対しても敬語とタメ口が混ざり気味な夏樹だが、北野に対しては極力気を付けようと思う。一応この部署では夏樹が先輩の立場だし、自分としては親しみを込めた結果の言葉遣いなのだが、相手にどう伝わっているのかは自信がない。  北野はじろりと目線を寄越し、すぐにパソコンに向かった。カタカタと何かを打ち込む様子に、どうしても自分の低評価を書かれているように思えてならない。 (やっぱ時間ギリは心証悪いよな……って、気にしたらだめだ。平常心、平常心……)  夏樹は深呼吸をして、パソコンの電源を入れた。  今日は、夏樹や北野を含む阪木チームはメール担当の日だ。コールセンターではメールでの問い合わせにも対応していて、チーム単位で担当が回ってくる。毎日ずっと電話応対ばかりだとストレスが溜まるので、いい気分転換にもなるのだった。  昨夜、改めて桑原と電話で話したが、『杉本』は、やはり自分のことのようだった。  本社の経理課に1人いることはいるが、40代の女性らしい。本社での北野の立場は分からないが、ひと回りも年上の女性に対して『君』付けは少々違和感があるし、今は支社にいる北野が彼女についてわざわざメールで報告する内容があるとも考えにくく、限りなく夏樹の可能性が高いとのことだった。  電話を切ってからも夏樹は悶々と考え、夜中の3時に桑原にメッセージを送った。『メールを見てみる』と。  しばらくして返信がきた。『寝ろ』と。  そんな訳で、ちらちらと隣を窺いつつ作業をする夏樹はすこぶる効率が悪かった。  問い合わせ内容に応じて決められたフォーマットを元に回答を入力するのだが、気が付くと同じ内容が重複していたり、的外れな回答になっていたりして、その都度やり直している。  夏樹がやっと2件目を終える頃には、北野は5件目を返信している、といった有様だった。
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