闇の剣士 剣弥兵衛 魔魁の発露(六)

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 夜明けにはまだ早い丑三つ時(午前二時)の頃、洞穴の手前となる寺から一人の僧が何処かへ立ち去っていた。深編笠に錫杖を手にして黒染の法衣を纏った姿は、抖擻の行に出で立つ修験者を偲ばせた。  その日の夕刻、今や常連と言える四条高瀬川の居酒屋の奥座敷に三人が集まり、酒を酌み交わしていた。悪霊の女の怨念を暴き、その企てを阻止した余韻が、それぞれの胸裏に染みわたっている。  あの船岡山での争いの後、大麻を置いていた西坂屋に向かった源四郎は、女に言われた大麻の祭りに集まっていた男達へ痛烈な一撃を加えていた。それは、集まりの時刻であった亥の刻(午後十時)が過ぎても大麻の運び出しに店の者が現れず、閉じられていた店の扉を叩き付け騒然とした空気が流れ始めていたからである。星影の飛剣と名付けられた十字手裏剣が、淡い星のような光を残し幾人かの頭上を飛び去った。悲鳴とも聞こえる驚愕の声が上がり、男達がその場に跪いている。 「この中に若狭屋の息子はいるか」  源四郎の一声で、一人の男がしゃしゃり出て来た。 「うちを覚えておるか」  月明かりに浮かんだ源四郎の顔を、男が恐る恐る見上げている。 「へい、確か集まりに行く途中で、お声掛けされた目明しはんで」 「その通りじゃ。これ以上、大麻に関わり合えば六角牢へぶち込むことになる。直ちに心を改め、断ち切ることじゃ。後ろにおる者も同じことで、身元を明らかにするは容易いことじゃからな」  男達が覚めやらぬ恐怖の目で、頷いていた。
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