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むかしのこと
「雪だね」
君がそう小さく呟いたのを聞いて、心がちょこんと跳ねる音がする。その声から発せられる不思議な音がいつだって全身を駆け巡っているのがわかる。
見上げるとビルの合間から雪が降り続けているのが確認できる。空は暗く急に現れるそれは幻想的だ。なによりビルからの灯りを反射している降り続いている。それは光の角度を変えながら降り注いでいる。
雪を追っていたらいつの間にか君と視線が合った。
家から駅に向かうまでの間、ずっと降ってたのになんで今さらと思う。
それに。
「雪だとつい思い出しちゃうね」
そう続けるその言葉が、やっぱり全身を駆け巡っていくのがわかって。
「その話やめとこうよ」
ほんの照れ隠しでついそう言葉にしてしまう。ほんとに思い出したくないんだ。どうして自分でもあんなことをしたのか未だに理解していない。
「なんでよ。積もりそうだよ。雪」
手のひらを空に向けて雪を受け止めている君はあの頃とあんまりかわらない。自分はどうなのだろうか。ちょっとは変われたのかなんて自分に問いかけてみるけれど。大した変化はないように思える。
君が一歩足を踏み出す。街頭の灯りに照らされた君の足元はちょっとだけ白くアスファルトを染めている。そして君が踏みつけた部分ははすぐさま溶けていって半透明のシャリッとした氷へと変化してしまう。
「こんなに水っぽかったら積もらないか」
さっきから嬉しそうに話し続ける君は、何を思うのだろう。ずっと一緒に居てもそれはよくわからなかった。
「やっぱ思い出しちゃうよ」
堪えられなくなったかのようにそう吹き出す君に恥ずかしさがこみ上げてくる。
「あんなにヒーローみたいなことをするだなんて思ってなかったな」
自分だって思ってなかった。なんなら、今でも信じられないくらいだ。
あれは今日みたいに雪が降っているだなんて言う表現がおこがましいくらいドカ雪が降ったときのことだ。
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