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壱
「……さん。来栖 学さん。早く起きて下さいよ」
「…んだよ、もぉ~。今日は日曜日だろ。もう少し寝させろや」
無視を決め込んで惰眠を貪ろうとするが、ゆっさゆっさと全身を転がす様に揺すられ、不機嫌マックス状態で瞼を開ける。
「あ、やっと起きた」
開けた目に映ったのは、見慣れた自分の部屋の天井…では無く、凶々しく蠢く暗紅色の空だった。
暗雲が重く垂れ込める空には、絶えず青紫色の稲妻が走り渡っている。
( な、なに…ここ…? )
初めて見るおどろおどろしい光景に絶句していると、ヒョイと大きな強面が視界を遮った。
「ひぃい…ッ!お、鬼?!何これ、ドッキリ?!」
赤銅色のマッチョな身体に、やや湾曲した2本の角。恐怖のイメージそのままの鬼が、すぐ目の前で覗き込んでいる。
「あー、いえ。ドッキリじゃ無いです。立て札持った仕掛人も、例の効果音も出てきません。ここは閻浮提の遥か真下、八熱地獄の最下層にある、無間地獄の斜め上に設置された第二地獄パークです。私は獄卒(罪人をシバく鬼)の、煉角と申します。よろしく~」
ズズン…。と地響きと共に立ち上がると、鬼の上背は二階建てビルの高さにまで伸び上がる。
呆気に取られ見上げていると、煉角は台帳を取り出し、耳に挟んだクソでかい筆を手に取った。
「えーっと、来栖 学さん21歳大学生。幼なじみで親友の、烏丸 良介さんのお通夜の帰り道で、会葬御礼品の饅頭を食べ歩きするか悩んでいたら、交通量の多い道路にうっかり侵入してしまって、トラックに轢かれて死亡…と」
はっ…。と息を呑む。
「そうだ、俺…。貰った紙袋の中漁るのに夢中で、赤信号に気付かず突っ込んじゃって…」
右手から走って来たトラックにはねられたのだ。
「…いや、ちょっと待て。さっき、ここは地獄だって言ったよな?」
このおぞましい景色は、生前に何度か見たような気がする。
テレビや、美術の教科書で。
「なんで俺が、地獄行きになるんだ?!俺は善人じゃねぇけど、悪人なんかじゃねぇ!人を騙したり、ましてや殺しなんてしてねぇぞ!」
煉角は台帳に視線を巡らせ、カリカリと頭を掻いた。
「学さんの罪状は、ですね…。小学生の時、駄菓子屋のおばちゃんから受け取ったお釣りが、五十円多いのを解っていながら黙って受け取った事と、家庭用燻煙剤でGさんを大量虐殺した事ですね。それも三回」
「その程度で地獄行きになるなら、殆どの人間が地獄行くわ!」
激昂する俺に対し、煉角は笑顔で頭を振った。
「まぁ落ち着いて下さい。ここは第二地獄パークであって、ガチの地獄じゃ無いんですよ。普通はもっと何日もかけて、極楽浄土か、どの地獄に落とすかを王達が決めるんですけど。善行を積まずにヤル気の無い人生歩んで来た、善人でも悪人でも無い、わざわざ審査する必要のないどうでも良い人間は、『半罪人』として、ここに即刻落とされるんです。最近は学さんみたいに、生きる目的も気力も薄い人、凄く多いんですよねぇ…」
時代ですかね。と、苦笑を浮かべる。
「大昔は半罪人の扱いって、超適当だったんです。その頃はガチでヤバい悪人が多かったですし、審査には時間も手間もかかりますから…。『今忙しいから隅っこでちょっと待ってて』って言ってる間に、勝手に輪廻転生して消えてたんですけど。昨今はコンプライアンス遵守が厳しく叫ばれる世の中ですからね。不当な扱いを受けていた半罪人の為に用意されたのが、この地獄パークなんです。学さんは、初めてのご利用ですね」
「地獄なんて一回の人生で二回も三回も行かねーし、そら初めてだろうけどさ…。あそこにあるのって針の山だよな?あれを渡る刑罰があるとか、言わないよな?」
ガチの地獄じゃないと言われても、鬼もいるし…。
何か痛い事させられるんじゃないかと、ビクついてしまう。
「いえ、あれはハリネズミとヤマアラシが住んでる山なんですよ。我々鬼の、癒しスポットでもあります」
「…そこでゴボゴボ沸き立ってる、血の池は?」
「ただの血の池温泉です。湯温は41℃。我々も仕事の後、ゆったり浸かってからお家に帰ります」
マジかよ…。普通に良い所じゃん、ここ。
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