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安っぽいインターホンの音が、虚ろな部屋に響き渡る。続いて、ドンドンと扉を叩く音。
「日登美、いるんでしょ? 開けて!」
アパートの薄い扉一枚を隔てて、藤田綾は声を張り上げた。狭い1LDKの室内に、彼女の甲高い声が反響する。
カーテンを閉め切った真っ暗な部屋の奥で、ベッドの上の塊がもぞりと動いた。
「開いてる……鍵開いてるから、勝手に入ってきてよ……」
布団の中から気だるげに声を漏らすのは、この部屋の住人である藤田日登美だった。まだ半分夢の中にいるようなか細い返事だったが、部屋の狭さと扉の薄さのお陰で、その言葉は綾の耳にまで届いた。
すぐに扉が開く音がして、綾が部屋に入ってくる。一歩玄関に足を踏み入れた途端、彼女は床に視線を向けて思いっきり顔をしかめた。
「うっ……なに、これ……ぐっ」
綾は次の言葉を紡ぐ余裕もなく、激しく咳き込み始めた。
「けほっ、ごほっ……! う、げほっ」
コートの袖で口元を押さえ、何度も何度も、体を折り曲げるようにして咳を繰り返す。パジャマ姿の日登美が、うんざりした表情でそれを眺めていた。
「もう……お姉ちゃん、大袈裟。すぐ慣れるから……って、ちょっと!」
苛立ちを露わにしながら綾に歩み寄った日登美は、その背後に目を止めてさっと顔色を変えた。
「お姉ちゃん、扉! 開けっ放しにしないでよ!!」
未だ咳き込み続ける綾を押しのけ、日登美は慌てて玄関扉を閉めた。バタン、と大きな音が鳴り、綾はビクリと肩を震わせる。
「べ、別にいいじゃんこれくらい。ていうか、むしろ換気しないと駄目なんじゃないの? ヤバいよ、この部屋」
不快感を隠すこともせず、綾は暗い部屋をぐるりと見渡した。
「床とか、あり得ないくらい埃が積もってるじゃん。こんな空気の悪い部屋、私初めてなんだけど」
「うるさいなぁ……良いからほっといてよ」
「ほっといてって何」
綾はポケットからハンカチを取り出すと、それを口元に当てた。それから、まるで雪のように積もった埃を見て顔をしかめ、躊躇いながら靴を脱いで部屋に上がる。
その様子を憮然として眺めながら、日登美は言った。
「……ほんとは今日も来てほしくなかった。でもお姉ちゃん、家に入れないと警察に言うって脅すから」
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