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「脅すって、そんな。人聞きの悪い」
ハンカチ越しのため、綾の声は幾分かくぐもって聞こえる。それでも会話に支障はなかった。
「私はただ、日登美のことが心配だっただけ。久々に家に帰ったら、あんた一昨年に大学辞めたって言うし。お母さんは昔っから放任主義だから、あんまり気にしてないみたいだけどさ。私は心配になったよ。だって、一昨年って……」
「そんなの、余計なお世話だよ」
突き放すようにそう言って、日登美はふらふらとベッドに戻った。ぼすん、と音を立てて無抵抗に転がる。
そうするとまた、埃がもうもうと舞い、床に降り積もっていく。綾は眉を寄せて目を細めた。
日登美はベッドに転がったまま、棘棘しい口調で続けた。
「心配になったって、どの口が言うの。一昨年から一回も連絡してこなかったのは、お姉ちゃんでしょ。私、てっきり絶縁されたのかと思ってた」
「……そ、それは」
綾は一瞬言葉に詰まり、それから言葉を選ぶようにしてゆっくりと話した。
「……私も、忘れたかったの。あんたの声聞くと……その、思い出しちゃいそうで。あんなこと、本当にあっただなんて……思いたくない。私が、人を……人を、殺したなんて」
「……」
「あ、あのね、日登美」
布団の上で押し黙っている日登美に、綾は駆け寄った。依然、口元にはハンカチが添えられているが、それでも必死に声を張って日登美に語り掛ける。
「本当にごめん。あの時は私、あんたを助けなきゃって気持ちでいっぱいで。あの男にあんたが殴られて、首絞められて、このままじゃ殺されちゃうって思って、それで、咄嗟に流し台に出てた包丁が目に留まって……」
そこまで一気に喋って、綾は再び咳き込んだ。日登美が、煩わしそうに綾を睨みつける。
「ご、ごめん。でも日登美、本当にここの環境ヤバいよ。日登美はずっと引きこもってるから気づかないかもしれないけど、このままだと病気になる。てか、もうなってるんじゃない? 顔色悪いし、すごい痩せてるよ。お風呂も……あんまり入ってないんじゃない?」
「……だからぁ、ほっといてって」
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