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日登美が、むくりと上半身を起こした。血走った目で綾を睨みつけて、低い声で唸るように言う。
「お姉ちゃんが何と言おうと、私はあの人のことを――健二のことを愛してた。あの人になら殺されてもいいと思ってたの。それなのに、あんな形で奪われて……それで、今更私のことが心配だって? ふざけないでよ」
「日登美……」
綾は言葉を失って俯いた。その目からは一筋の涙が零れ落ち、厚い埃で覆われた床に溶け込んで行った。
その反応を見た日登美は、にやりとした笑みを浮かべる。
「お姉ちゃんはどうせ、私が恋人を失ったショックで引きこもってると思ってるんでしょ? でも、全然違うから。本当に的外れ」
「……え?」
「お姉ちゃんが慌てて健二の死体を処理してるときから、私の計画は始まってた。私、健二に殺されかけたときにひとつの真実に辿り着いたの」
日登美の声は自信を帯びており、どこか嬉しそうな雰囲気を纏っていた。
「ひ、日登美……? 何言ってるの? 真実って……」
「お姉ちゃん、魂って何だと思う?」
「えっ?」
あまりに唐突なその質問に、綾は目を丸くした。
「た、たましい?」
「そう、魂。人間の生命そのもの。それって、何だと思う?」
「……」
綾は何も答えることができなかった。質問の意図が分からず、戸惑っているようだ。
「私はね、その答えに辿り着いたの。魂って、髪の毛とか血とかと同じ、ちゃんとした物質なんだ」
唖然とする綾をよそに、日登美は熱っぽく語り続ける。
「死にかけたとき、初めての感覚に出会ったの。私の意識が、命が、魂が、水蒸気みたいになって外に溶け出していく感じ。あのとき、私の意識は確かに小さな粒子になっていた。たくさんの小さな小さなつぶつぶになって、ばらばらに飛んでいきそうになってたんだ。たぶんだけど、体が生命活動をやめちゃうと、魂ってそこに繋ぎ止めておけなくなっちゃうみたい。でも途中でお姉ちゃんが健二を刺し殺して、息ができるようになって。そしたら魂の粒子も、すーっと体に戻ってきた」
「ね、ねえ日登美。何の話してるの?」
「魂が外に溶け出してた一瞬の間に、私は魂のことを理解したの。人ってこうやって死んでいくんだ、体から意識が蒸発していって、そのままバラバラになってなくなっちゃうんだって。ね、魂に重さがあるって聞いたことある? 21gだっけ。私、その正体を知ったの」
「ひ、日登美」
「人って死んだらどこに行くか、それまでずっと不思議だったんだ。でもようやくそこで分かった。人は死んだら天国や地獄に行くんじゃない。ああやって意識だけ粒子になって、バラバラに飛ばされて無くなるんだ。そう理解したら、必然的に、死んだ人をどこにも行かせないようにする方法も分かったの」
「日登美!!」
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