或る部屋と魂について

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 綾の手からハンカチがぽろりと落ちた。薄い青色で、きっちりとアイロンがけされた清潔なハンカチは、床に落ちて一瞬で埃にまみれた。 「日登美、何言ってるの!? あんた、あのとき死にかけてたんだよ!? そりゃ、変な感覚にくらいなるよ! それが魂の正体って……真実を見たって……そんなわけないじゃない!」  綾は、両手で日登美の肩を掴んで大きく揺さぶった。ハンカチで口が覆えなくなって、少し咳き込みそうになったようだが、何とか堪えて日登美に語り掛ける。 「私、本当に悪かったと思ってる。あのときは、気が動転してて、どうかしてたの。……でもね、今のあんたの姿を見て目が覚めた。私、やっぱり警察に自首する」 「……は?」 「ゴミに出した死体も、結局見つかっちゃったしね。遠くの町まで持って行ったし、あいつも色んなところでトラブル起こしてるろくでもない人間だったから、私も日登美も疑われることはなかったけど。でも、そんなやつでも、私は人を殺したの。人を殺して、あんたのこともこんなに苦しめた。このまま罪を償わずに生きていくなんて、耐えられない。私――」  綾がそこまで言ったとき。  ぱんっ、と。  暗い部屋の中で、乾いた音が響いた。 「……え」  綾は、日登美に叩かれた左頬を押さえ、呆然としている。 「はぁー……」  深く深く、日登美はため息をついた。 「本当、やめてくんない? もう少しで完成しそうなの。それなのに、お姉ちゃんが自首したら、ここが犯行現場だってバレちゃうじゃん。警察の人、いっぱい来るじゃん。せっかく、あの人の魂が出て行かないようにしてるのに(、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、)」 「……っ」  頬を押さえたまま、綾は絶句した。目を見開いて日登美を見つめ、声が出せない様子だ。 「扉も窓も、開けないようにしてる。換気扇だって塞いだ。部屋の掃除だってしないし、ゴミも出してない。下水から出て行かないように、トイレだって使ってないんだ。猫砂って便利だね」  日登美は淡々と喋り続ける。 「お風呂場、見てみる? すごいよ、ゴミがぎっしり溜まって。あんまりゴミ出さないように暮らしてたけど、それでも二年も溜めればもうパンパン。酸素ボンベとかも置いてあるし。私はもう慣れたから感じないけど、生ゴミとかは匂いも結構凄いんじゃない? 窓開けてないから近所迷惑とかはないと思うけど、実際どうなんだろう。ま、お姉ちゃんも埃の方が気になって、匂いなんて構ってられないみたいだけど」 「ひ、日登美……」 「それでも、流石に完璧じゃないけどね? 私だってたまには外に行くし、銭湯を使ったことだってある。健二の魂は、少しは部屋の外に出てっちゃったと思う。でもね、普通は人が死んだらもっと一瞬で魂が飛散しちゃうものだと思うんだ。この1LDKには、普通じゃ考えられないくらいいっぱいの魂が残ってる」
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