4.覆面強盗がやってきた

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「おい! さっさと入れろ!」  強盗が逆上しだした。信濃さんは手をあげたまま、仕方なくレジを開けた。そして中のお札を出してポーチに詰めていく。普段なら一万円札がある程度溜まったら防犯のために金庫に入れに行ったりするが、今日信濃さんはそれどころじゃなかったので結構な一万円札が残っていた。誤算だ。僕が出来たらよかったのだが、まだ入って数週間の僕に金庫の番号を教える人はいないだろう。 「入れたわよ。これでいいのね」  信濃さんは変わらず強気の態度だ。銃口を向けられても動じない。さすがだ。  また強盗が動き、信濃さんに近付いていく。レジの中に入った。僕の横を通り過ぎたが何も動けなかった。 「こっちの坊主のほうのレジも入れるに決まってるだろ!」    強盗は、そう言って信濃さんの側面に素早く回り、腰のあたりを思いっきり蹴った。ハイキックなのかローキックなのか分からないが凄い威力で信濃さんはうずくまってしまった。   「おい、坊主。余計なことしようなんて考えてないだろうな」  さっきから余計なことは考えているが、余計なことをしようとは思ってはいない。しかし信濃さんは大丈夫だろうか。あんな蹴りを食らったのにもう立ち上がっている。すごい精神だ。  しかし、それほどまでに僕と伊吹さんは相手にされていないということだろうか。確かにこの三人の中じゃ普通に一番強いのは信濃さんだろう。僕より背高いし、リーチもあるし、伊吹さんより筋肉ありそうだし。  もう銃口は信濃さんに向き直っていた。信濃さんはゆっくりこっちのレジに向かってくる。僕はそっと後ろに張り付いて避けた。満身創痍の信濃さんの手でこっちのレジからも一万円札を数枚含めたお札が全てポーチに詰められた。 「よし、それでいい」  強盗がその言葉を発したとき、やはり最初に抱いた興味がもう一度出てきた。あの銃は本物だろうか。偽物だろうか。どうしたら確かめられるだろうか。  そう思った瞬間、なぜか僕の身体は強盗に向かっていった。手には何も持たずに上げたまま突進していく。  強盗は、驚いた表情だった。それがスローモーションに見えた。僕は死ぬのだろうか。 強盗はポーチを肩にかけて動いた。そして俺を交わし僕の右脚に蹴りをお見舞いした。僕は膝から崩れ落ちた。強盗を見ると、出口に逃げていった。銃はもう持っておらず、ポケットに入れていた。さっき僕に蹴りを入れたあとすぐ、ポケットに入れたのを見た。  逃げる強盗に向かって防犯カラーボールが飛んでいった。しかし僅かに当たらなかった。信濃さんの舌打ちが微かに聴こえた。  そのあと、数分後にサラリーマンのお客さんが入ってくるまで三人共一言も喋らず、呆然としていた。僕は、最後の様子からして、強盗の持っていた銃はほぼ間違いなく偽物だと分かり少し満足だった。蹴られた脚の痛みもほぼない。  しかし信濃さんは悔しそうな顔をしていた。かける言葉がない。腰をかばっているようにも見えるので「大丈夫ですか?」と声をかけようとも思ったが、その一言が彼女を傷付ける気もして声には出さなかった。  伊吹さんはずっと震えている。キョロキョロして落ち着かない。そしてトイレに向かっていった。まさか恐怖のあまり失禁してしまったのだろうか。その疑問はすぐに解決された。トイレから出てきた伊吹さんが店で売っているトランクスを買って、それを持ってまたトイレに行ったからだ。普段なら許可もとらずに買い物したら激怒しそうな信濃さんだが、何も言わなかった。  ともあれ臭いがするまま働かれるよりは良かった。せっかく今日は一度も消臭スプレーを使わず済んでることだし。
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