1.メモも持たない僕達は

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「あれ、二時間コースだから」 「二時間いるってことですか?」 「そ。外、寒いでしょ。暖とりに来てるのよ。で、たぶん三時間を越えると、それがバレて警察呼ばれるとか思ってるじゃない。だから一応買い物の体をとるために二時間かけてゆっくり品物を選んで最終的に百円くらいのガム買って帰るのよ。それで十分暖はとれるし、警察呼ばれたとしても買い物に時間がかかってしまいました、で終わらせれるってわけ」 「そ、そんな。卑怯というか、なんというか」 「卑怯だなんだ言われてもあっちは命がかかってるからね。今年の冬は例年より冷えるらしいから。外は極寒。彼らも生き残るために必死よ。おそらく、ここ以外のコンビニにも行きつけのところが何店かあるんじゃない。二時間だけじゃ夜を越えれないけど、それを五店舗でやれば十分夜は越せるでしょ」 「え、てことはあの人ってホームレス」 「見たら分かるでしょ。悪臭、売場妨害、風評被害とうちにとっては危害でしかないのよ。代わりに得るのはガムの百円。そりゃお客様は神様だって思想も分からないではないけど、あの人を神様としたら他のお客さんが快適に買い物できないから」 確かにそうだ。言われてみたら、変な臭いも感じた。年中、謎の鼻詰まりを起こしている僕でもこれなのだ。鼻が通っている人は、さぞかしたまらないだろう。  いくら自分が生きるためとはいえ、ずっと大関のワンカップを恨めしそうに見つめているホームレスを見ていると、その売場を見たい他のお客さんからしたら邪魔だよな、と思った。だが同時に、少し哀愁も感じた。今見つめているのは演技なのだろうか。それとも本当に飲みたいんじゃないだろうか。ここからじゃ瞳の奥が見えないから本心は分からない。  一方、ホームレスのお客さんの通った通り道を信濃さんが怒った顔で消臭スプレーをかけている。きっと次は僕にやらせるために見本を見せているんだろう。でも、こんなペースでしていたら、一週間で消臭スプレーどれくらい消費するんだろう。  ホームレスの瞳の奥の次にそれが気になった。
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