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2.センター分けの脇で
「ちょっとあんた、こっちきなさい」
今日でコンビニバイト四日目。
いつも通り、始業時間である夕方五時の十五分前に店に着くと、信濃さんが鬼の形相で待ち構えていた。後ろには珍しく店長もいる。店長はいつも深夜に勤務するので、いつも僕ら夕方勤務の終わる十時くらいに来る。唯一それ以外の時間に見たのは、面接のときとアルバイト初日に一緒に入って教えてくれたときだけだ。
なぜかその店長は半笑い。信濃さんは鬼の形相。その対比で僕の感情はどちらを感じればいいのか分からなかった。
「あんた、ホームレスに大関のワンカップあげたでしょ」
後者の方だった。しっかり、バレてた。店長は吹き出すのを我慢している。
「はい」
僕は小声で認めた。
「なんであげるのよ! あんた私の説明聞いてなかったの? ここを気に入られたら困るのよ! ただでさえ週五回も来られて、毎週三本も消臭スプレーなくなってるのに」
捨てる神あれば拾う神ありだ。気になっていた消臭スプレーの週当たりの消費本数が分かった。ということは月十ニ本もなくなるのか。たぶん、あのホームレスの月の買い物金額より多いな。むしろ僕の一日の日給と月のスプレー代が同じくらいじゃないか?
うわ、喜んでいいのか、悔しむべきなのか。
「何黙ってるのよ。はい、あげた理由は?」
「あのー、ずっと見てたから欲しいのかなぁて、思いまして」
「バカ、動物園でカバに餌あげてるんじゃないのよ! 演技に決まってるでしょ! あんた、まんまと騙されてるのよ」
「でも、貰えたからって、ここに来る回数が増えるとは限らないじゃないですか?」
恐いけど反抗してみた。自分の身は自分で守るのだ。
信濃さんはヤレヤレといった表情。
「増えるのよ。現にあなたみたいに、昔同じワンカップ大関あげた人がいて、それまでは週三だったのが今の週五になったんだから。週五よ週五。社員じゃないのよ」
「え! あの人にあげたの僕が最初じゃなかったんですか! 他にもいたんですね」
「えぇ、いたわよ。あなたと同じ愚か者が。愚者がね」
後ろにいた店長がモゾモゾしている。
「ここにね!」
「ひっ!」
店長は信濃さんににらまれてすくみ上がっている。本当にこの人店長なんだろうか。
「え、ということは、もう一人のその愚か者って」
「そう! この人よ!」
信濃さんは店長の後ろに素早く回り込んで、背中に張り手をお見舞いしていた。
すごい、攻撃が蹴りとかじゃなくて張り手。
なんか微笑ましいコンビにすら見えてきた。
「諸見里君」
「は、はい」
「やはり、君には最初面接したときから、ただならぬシンパシーを感じていたんだよ」
「あ、ありがとうございます」
なぜかあまり嬉しくなかった。
「これでもし、ホームレスが週七で来ることになったら、お前ら責任とれよ」
「あ、はい」
俺と店長は声を合わせた。
このときは、まさか週七で来るわけないと思っていた。店長とは、信濃さんに怯える共通の民として一気に仲が深まり、「週七はないよね」「ですよね」と言い合っていた。
だがそういうとき、必ずサイコロは逆の目が出るものだ。僕は数日後、すくみ上がることになるが、このときは楽観的なものだった。
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