2.センター分けの脇で

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 ホームレスの来店五日連続がかかった日、俺は別のアルバイトの山木さんという大学三年の先輩と入っていた。これでもかというくらい、ぴったりセンター分けの人だった。両辺からコンパスを使って、センターで分けたのかと思うくらい真ん中に分け目があった。優しい人だった。  優しい山木さんは「今日来たら新記録までリーチだね」と笑顔で言っていた。縁起でもないと思っていると夕方の六時にホームレスはやって来た。普段来るときより一時間ほど早く、ドキドキ感もなかった。  見事にリーチがかかってしまった後、山木さんはこちらを哀れむような目で見ていた。やはりそんなに信濃さんは恐いのだろうか? 「あのー。山木さんって今大学三年ですよね? 信濃さんって今二年なんでしたっけ?」  ちょっとでも味方を増やしたかったので、信濃さんの話題を出してみた。山木さんのほうが先輩なら、僕を守ってくれるかもしれないと思ったのだ。我ながら情けない考えだが。 「あぁ、信濃さんは二年だよ。でも彼女は高校三年の春休みから働いてて、僕は同じ年の大学ニ年の五月くらいから働いたから、歴は信濃さんのほうが先輩なんだよね。歳は僕のほうが一個上だけど」 「なんかややこしいですね」 「うん。就職したら、歴のほうが重視されるだろうけど、やっぱり大学生だと年齡でいくほうが多いんじゃないかな」 「お、ということは山木さんのほうが、信濃さんより立場が上なんですね」 「とんでもない。余裕で敬語使ってるよ。彼女は別格」 「話が違うじゃないですか」 「僕、普通に『山木君〜』って言われるからね。呼ばれたらマッハだよ。マッハで近づいてワンは言わないけど、『はい』って言ってワンって言う顔はするよ。舌こそ出さないけど」  この人、真顔で冗談言うタイプだな。意外と。 「でも、彼女の言うことは本当に正しいことばかりだからね。この店でいうところの法律だね、もう」  まさかこんなところにも法治国家ができているとは。 「でも今十二月ですよね。高三の春休みにここに入ったのならまだ二年も経ってないじゃないですか。それなのにどうやって彼女はそんな地位を手に入れたんですか?」 「うーん。色々あるけど、例えば明らかに彼女がいる日は売上が上がったりするからね」 「え、そんなことあるんですか?」  「あるよ。彼女目当てで来るおじさんなんて何人もいるしね。たぶん入口をふらっと覗いて、彼女がいなかったら帰ったりして人いるんじゃないかな。僕も何回か目があって帰られたことあるし。その代わり、彼女がいるときには、普段買ってるタバコとコーヒーに加えて、ビール買ったり酒のあて買ったり週刊誌買ったり、お金持ってるアピールしてるんじゃないかな。たまにチョコレートとかの差し入れも買ってもらってるみたいだよ。彼女、お客さんに媚は売らないけど、愛想がいいからファンが多いんだ。冷静に見たら見た目も綺麗だしね」 “冷静に”と言うところに僅かに山木さんのトゲを感じたけど、確かに、あんなに怒らなかったらもっとモテてるだろうな。モデルみたいに目が大きいし、身長も僕よりちょっと背も高いから百六十五センチくらいありそうだし、髪の毛もいい匂いがしたな。良いコンディショナー使ってるんだろうな。 「確かに一緒に入ったときサラリーマンのお客さんが、多かった気がします」 「でしょ? 見てよ、今日なんて」  確かにもう何分もホームレスの人しか店にいない。信濃さんと一緒に入ったときは、もっと商品の前出ししたり補充したり、何よりホームレスの通った通路にスプレーしにいくけど、山木さんだと全然行く必要なさそうだ。 「あー、で、話逸れたけど、彼女のいる日だけ売上がちょっと上がるから、まず店長が認めたんだよ。そしたら彼女レジ以外の仕事も頑張り出しちゃって、いつの間にかエキスパートになっちゃったんだよ。実際、本当の店長も新商品の発注とか彼女に相談してるらしいし」 「え、そうなんですか?」 「ここって、サラリーマンも多いけど、比較的女性のお客さんも多いじゃん。大学近いから。だから彼女が推した新商品が結構当たるんだよね」 「なんか、途中から水を得た魚みたいになったってことですかね」 「うん。眠れる獅子が目を覚ました、みたいな」 「あ、ホントだ。魚っていうより獅子って感じですよね」 「そうそう」
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