3.ホームレスストアにようこそ

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 なんといつものホームレスのおじさんが、従業員用エプロンを着て店長と喋っているではないか。隣には信濃さんが、片手で頭を抱えたような姿勢で座ってスマホをいじっている。 「おはようございます」と挨拶をしたが、ギロリとにらまれただけだ。 「おぉ、諸見里君、おはよう。紹介するよ。今日から夕勤で働くことになった伊吹君だ」 「オハヨウゴザイマス」  変わった声でホームレスが挨拶してきた。伊吹さんというらしい。  礼をしたとき気付いたのだが、青キャップを被っていなかった伊吹さんの頭頂部は少し禿げていた。肩まであった髪はまだ長いが、男性の標準より少し長い程度くらいまで短くはなっていた。よく見れば首筋に髪の毛が何本かついている。まさか今日自分で切ったのだろうか。  だが、臭いはしなかった。最悪の事態は避けれた。従業員が通った場所を別の従業員が消臭スプレーを噴射するなんて、地獄だ。自作自演じゃないか。 「いやー良かったよ。夕勤は信濃さんと山木君と城咲さんと入ったばかりの諸見里君だけしか今いないからね。城咲さんは昼勤も入ってるし、信濃さんは週五で入ってもらってたから負担が大きかったからね」  信濃さんは、こんなことなら週五でも六でも入ったほうがマシだと言わんばかりの顔をしていた。まだ会ったことないけど城咲さんっていう夕勤もいるみたいだな。どんな人なんだろ、昼間のシフトも入ってるって言ってたけど。 「よし、これで伊吹君が戦力になってくれれば夕勤も安定するはずだ」  店長はこっちを向いて片方の口角を上げていた。これでこの伊吹さんの滞在問題も同時に解決だ、と言いかねない表情だ。確かにその問題と夕勤不足問題を同時に解決したのかもしれないが、逆にもっと大きな別の問題が発生する気がするのだが。  やはり店長は店長だった。信濃さんの操り人形かと思いきや、局面ではこのような大胆采配をおこなう。普通の人なら考えつかないことだし、考えついたとしてもまずやってみようとは思わないはずだ。 「はぁ」  信濃さんが、大きなため息をついて店内に向かう。 「二人の教育よろしくね〜」  店長が全く空気を読まない言葉をかける。信濃さんは振り返らずに片手を上げてひらひらと動かしていた。  これは大変なことになった、と僕は呑気に考えていた。
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