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「荒玖」
「あ?」
突然、名前を呼ばれて後ろを振り返ると真剣な眼差しでこちらを見つめるアルトと目が合う。
「少しいいかな?」
「別にいいけど……」
突然なんだろうか?
俺は渚に視線だけで先に行くよう促してから、アルトの側に戻った。
「なんだよ――」
「これを」
握りしめた手をこちらに差し出し、ゆっくりとその手を開く。
視線を下ろすと掌の中には小さな水晶玉があった。
「……え?」
それは、どこかで見たことがあるものだ。
そんなに遠くない過去に一度だけ目にした、翠玉色をした水晶玉。
(……アルシアに見せてもらったものと同じもの……?)
フィーネの過去を聞きに行ったときに、アルシアが同じものを腕に埋め込んでいたのを覚えている。
「これは……?」
「ここまでたくさん迷惑をかけてしまった荒玖へのほんのちょっとしたお礼みたいなものだよ。よかったら受け取ってくれると嬉しい。アルシアのものと同じに見えるだろうけど、少し違うものなんだ」
「……いらない。そういう力には頼りたくないんだ」
無表情のままそう答えてその場で踵を返そうとすると、強い力で腕を引っ張られた。
「……っ」
「――荒玖。“君には必ず、この力が必要になる”。今、力を取り戻した俺だから、それがわかるんだ。頼らないでいいならそれに越したことはないけれど、持っておくだけでも持っておいてくれ」
「…………」
いつも以上に真剣な蒼い瞳に見つめられて、俺はその手を振り払うことが出来なくなった。
こちらに差し出されている手のひらに乗っている水晶玉をチラリと見てから、それを手に取る。
「ありがとう」
「絶対に使うことなんてない。けど、思い出ってことで、もらっておくだけはする」
「それでいいよ。使わなくていいならその方がずっと幸せだからね」
「…………」
ニコリと微笑む笑顔に眉根を寄せてから、今度こそアルトに背を向けた。
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