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――そうして。
「荒玖、おはよう。あ、あのあとちゃんと眠れたか?」
渚と空海島に帰ってきてから数週間が過ぎた。
「まぁ、多少は寝不足だが、別に起きてられないほどではないから大丈夫だ」
フィーネから帰ってきて初めて目が覚めたのは病院のベッドの上で、俺も渚も駅の階段から落ちたあと、ここに運ばれたらしい。
幸い大きな怪我もなく、ほぼ無傷といっていい状態だったようだ。
それも十分不思議だったのだが、それよりももっと不可解だったのは約一ヶ月ほどをあちらで過ごしていたにも関わらず、こちらの世界で過ぎていた時間は一週間ほどだったこと。
時間の経過に歪みがあったということなのだろうかと頭をひねったが、考えてもどうしようもないのでそれについてはおいておくことにした。
「そっか。つい話が弾んで長電話しちゃったもんな。付き合わせちゃってごめんな?」
「いや、別に。渚と話したいって言い出したのは俺だからな。気にするな」
「……うんっ」
申し訳なさそうな顔から一転、渚は柔らかく笑顔を浮かべた。
その表情を見て一瞬、無意識に髪へと手が伸びそうになり、寸でのところで引っ込める。
周りをチラリと見てみると、空海学園の制服を着た学生が手で顔をパタパタと扇ぎながら歩いていた。
「あ、そんなことより!」
「そんなことって……」
お前から振ってきた話だろうが……。
「今日、あっちの世界の夢を見たんだ。たった数週間しか経ってないけど、懐かしいなぁって思っちゃって」
「そうなのか。俺も数日前にそんな近い夢を見たな」
あっちの世界での出来事は、今も俺たちの脳裏に焼き付いている。
大変なことや苦しいこともあったけれど、それ以上に嬉しいことも幸せだったこともたくさんあった。
「あは、荒玖も一緒だ」
「でも、俺はあっちの世界でのこともだけど、渚との夢も見るぞ」
「ふぇ……?」
俺の言葉にキョトンとした顔で固まる渚。
その表情が可愛くて、笑みがこぼれそうになるが、ぐっと唇を引き結ぶ。
「今も十分幸せだけど、フィーネで過ごした渚との時間は、俺にとってなによりも大切なものだからな」
「な、なな……っ」
俺の言葉にぶわっと頬を染める。
耳まで真っ赤になるのは相変わらずだな。
せっかく耐えたというのに我慢できず笑みがこぼれてしまった。
そんな俺に渚がチラリと視線を向けてきて、口元に笑みを浮かべる。
「……そ、れは……俺も、同じだから……。荒玖との時間は、どれも大切だよ」
「渚……」
不意打ちのその言葉は容易く俺を幸せにする。
優しく包むような魔法のコトバ。
まんまとその魔法をかけられた俺は、渚の顔を直視できず視線をそらした。
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