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2月の誕生石
「指輪?」
ふと、俺の左手をつかんだ霧坂が言う。
ごつい純銀の指輪は狼の足の形をしていて、爪先は、がっしりと紫のアメジストを掴んでいる。
「こないだ買ったんだ、透き通って綺麗だろ」
霧坂リオン、そう名乗った男は、さっきバーで話したばかりだというのに、妙に馴れ馴れしい。
ここ、出会い系のバーでもないし、俺はたまに来る客だから、迷惑はかけたくない。
前から、リオンの姿を見かけることはあったけれど、何人か友達と集まっていると騒がしい客だな、その程度の印象だ。
ゲイらしきカップルが居ても、「あわ」のバーテンダーは気さくに話しているし、その辺りは気遣いがいらないんだろうけど。
リオンは、細身だ。
少し大きめの襟ぐりの開いたカットソーを着ていて、青白い鎖骨が目立つ。
いかにもな色気を出しているあたり、俺は苦手なタイプだ。
「ねえ、酔った」
「帰ったら、どうなんだ?」
リオンみたいな遊び人と関われば厄介なことになる、そんな予感がして俺は目をそらした。
「覚えてないの?同級生だよ」
「はあ?」
思わず振り向いた俺に、にっこりとリオンが笑いかける。
引っかかったのは俺の方か。
「ウソ!でもね、気になってたのは本当」
薄いピンク色の唇がカクテルグラスに触れて、つい見てしまう。
「普段は、僕だってこんなカッコしないけど、今日はどうしても話したくて」
リオンの長い前髪がかかり、横顔から表情は分からない。
「俺に何か用事でも?」
グラスに残っていた、ぬるいビールを飲み干すと、アイコンタクトでお代わりをお願いする。
「話したい、仲良くしてほしい、できたらその先に進みたい」
はー、言っちゃった!とリオンは1人でぶつぶつ言っている。
「その指輪を選んでくるとことかさ、ずっと良いなって思ってたの」
「指輪が売ってた店なら教えるけど?」
俺がそう言うと、リオンはぶるぶると首を振る。
「もー、違うんだってば!」
コースターの上におかわりのビールが置かれ、俺は口をつけた。
「コウゾウくんが、その……好き」
俺、孝三が好きと言われても、話したこともない相手にどうしたらいいんだ。
リオンは、まだ俺の左手を離そうとしない。
いい加減に振り払おうとしたら、身体に似合わず強い力でつかまれ、指輪をはめた俺の手に顔を近づける。
「何す……んだ」
そう言った途端、柔らかな唇が指輪と俺の指にふれた。
上目遣いで見てくるんじゃない、リオン。
カットソーが大きく開いて、薄っぺらな胸の尖端が見えかける。
別に男の乳首なんかで興奮したりしない……理性はそう叫んでいるのに、デニムをはいた股間はやや窮屈になる。
「本気なんだってば!」
「帰る」
「えー」
俺から手を離したリオンが、しゅんと肩を落として、膝に手をおく。
イタズラをして、ご主人様に怒られた犬か?お前は。
「また会ったら友達くらいには考える」
ビールを一気に喉に流し込み、手のひらに指で字を書くゼスチャーをした。
会計の合図だ。
バーテンダーから渡された小さな紙に書かれた金額を確認し、千円札三枚を取り出して、テーブルに置くと、すぐさま立ち上がる。
「お釣りはチップで」
「ありがとうございます」
バーテンダーがにこやかに微笑む。
全て察しても、余計な詮索はしないから良い。
泡沫の時間は、あっという間に過ぎていく。
リオンが慌ててお会計をしようとしたが、1人しかいないバーテンダーは俺の見送りに来て、ドアを開けてくれた。
「じゃあ、また」
「またお待ちしています、ありがとうございました」
足早に俺は去ったけれど、すぐさま霧坂リオンに追いつかれそうな予感がしていた。
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