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3月は桃の花
先に友人達と来ていたリオンを見かけた。
今日は客が多いのか?
いつもより早い時間、夜の10時に来たせいか賑わっている。
俺は1人だし、取引先に送りたいメールもあったからシルバーのパソコンを開いて、カウンターの片隅でキーボードを叩いていた。
「隣、いいですか?」
「どうぞ」
相手の顔なんて見ていなかったから、てっきり、リオンが来たのかと思っていた。
俺はキーボードを打つ手を止めて視線を移す。
服装が似ているだけで、黒髪をボブスタイルにした女の子だった。
彼女はピアスをいくつも耳につけ、白のカットソーにブラックのダメージジーンズのいでたちをしている。
「すみません、お仕事中なのは分かっていたんですけど……リオン、アンタがちゃんと言わなきゃダメでしょ」
「だって……せっかく会えたのに仕事してるし。
美亞ちゃんが、"グダグダしてんなら、あたしが行く"って言ったんじゃん」
後ろからリオンが、へにゃっとしながら、立っている。
やっぱり犬みたいで、尻尾でも垂れていそうだ。
「根性なしだからよ、いきなり一般人に告白して指輪にキスしたとかバカなの?」
美亞が形のよい眉をしかめている。
「バカじゃないよ
学校の成績良くないのは認めるけど……」
どことなく似た雰囲気だけど、2人が並んだ姿を見れば違う。
「で、俺はどっちの話し相手になればいいんだ?」
「はいっ!」
リオンが慌てて手をあげる。
「そういうとこがバカっぽいって言ってんのよ」
美亞という女の子は、辛辣な口ぶりだけど、世話好きなのだろう。
仕事中の知り合いでもない男に声をかけるあたり、物怖じしない性格みたいだし。
「もうちょっと頭を使いなさいよ、リオン。
すみません、お邪魔しました」
丁寧に頭を下げると、美亞は、ジーンズのベルトループにつけたチェーンをジャラジャラ言わせながら、人が集まっているテーブルへ歩いていく。
「友達、学生か?」
「ううん、学生じゃないよ
美亞ちゃんは、専門学校時代からの友達
アクセサリーを売る店で働いてるから、派手だけど」
いかにもリオンの友達、夜遊びが好きそうな雰囲気だが、落ち着いた話しぶりは接客業をしているせいか。
「僕に興味持ってよ!
美亞ちゃんは、ゲイの僕から見てもキレイだって思うけどさ」
「俺はゲイじゃないんだ、何となくそう言うのって、分かるだろ?」
「あるあるなんだよね〜、好きになった人が異性愛者だって」
リオンが小さくうなずいた。
「逆もあるだろ?」
「好きになった女の子が同性愛者ってこと……あるだろうけどさ。
そっちは知らないし」
「美亞ってコは、どっちなんだ?」
「また美亞ちゃん……僕が頼まなきゃ良かった」
リオンは、バーテンダーから新しいおしぼりを受け取り、紅茶とピーチリキュールの甘そうなカクテルを頼んだ。
頬をふくらませ、美亞のいる方を見ている。
すぐ、すねてしまうところが、やっぱり犬だ。
昔、可愛がっていたゴールデンレトリーバーを思い出して、俺はクスッと笑ってしまった。
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