4月は櫻吹雪

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4月は櫻吹雪

「孝三くん、付き合ってる彼女とかいるの?」 リオンがぼそっと聞いてくる。 今更、それを聞くのか。 何もかも順番がちぐはぐだ。 「彼女はいない。 ただ、来月に見合いを控えているんだ」 気が進まないとは、このことで"花見を兼ねて"などと伯父(おじ)言いくるめられて、どこぞのご令嬢と食事をする約束をさせられている。  いささか古い茶道の家柄というだけで、俺は孝三(こうぞう)の名前の通りに三男だから、家を継ぐのは長男だ。 一般企業に勤めるサラリーマンとしては、気楽な独り身を貫きたい。  けれど、親族からすれば"本家の三男"がふらふらしては示しがつかないという思惑があるんだろう。 「えー、お見合いなんてウソだって言ってよぉ!」 甲高いリオンの声が、さわがしい店内でも大きく響いた気がして俺は肝を冷やした。  辺りを見渡したけれど、誰もこちらを見ていない。 主のバーテンダーは常連客だろう男と和やかに話している。 常連客らしき男は、分厚いレンズの眼鏡が特徴的で、いわゆる"夜の新宿"を渡り歩くタイプには見えない。 大人しそうな感じが、逆に印象に残る。  リオンに視線を戻すと、泣きそうな顔になっていた。 シッポがあったなら、くるりと尻の間に挟んでいそうだ。 そんなに都合よく世の中は出来てないんだよ、俺だって見合いには行きたくないけれど、伯父(おじ)が手配した以上は断れなかった。 古い家になればなるほど、しがらみってやつが絡まった糸のようにくっついている。 「事実なんだから仕方ないだろう」 「結婚するくらいなら、今からでも付き合ってよ」 「人の話を聞かないヤツだな。美亞って子にも注意されたばかりだろう?」 「そうなんだけど……」 リオンは歯切れの悪い返事をして、出されたカクテルを口にする。 こまやかなカットが施されたクリスタルのグラスに入った飴色(あめいろ)のカクテルを、指できれいにつかむ仕草に目をとめた。 「俺のことを知りもしないうちから、軽々しく好きなんて言うからだ」 「好きになった僕の気持ちまでダメ出ししないでよ」 ぐっと唇を噛みしめて、リオンがグラスをコースターの上に置く。 「悪かった」 つい、遠慮もなしに言いすぎた。 「…………うん」 返事をしたものの、リオンは俺を見ようとしない。 俺を好きなのはリオンの自由だ。 告白を受け入れるかは俺の問題で、2つは違うのだ。 今日のリオンは、あからさまにに色気を出した格好をしていない。 V ネックの黒いニットは、細身のリオンの体にぴったりしたサイズでよく似合う。 リオンに赤い革首輪でも付けてやろうかと、ふと妙なことが頭に浮かび、そんなつもりはないと、かき消した。  
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