6月は涙雨

1/1
前へ
/15ページ
次へ

6月は涙雨

「痛い……」 美亞がガーゼにつけた消毒液をリオンの頬につけていく。 涙目になるリオンに美亞は大きなため息をついた。 「全く、あれだけ男は慎重に選べって言ってんじゃない」 「そうだけど……」 リオンはベッド下に敷かれた布団の上で、うずくまりながら小さな声をあげた。 薄暗い部屋にピンク色の派手な間接照明、どこからともなく漂う香の匂いが鼻につく。 本当はリオンも早く家に帰りたいのだけれど、仕事も散々な状況で、やる気が出ない。 「美亞ちゃん、もう一個、大事な話があるんだけど……」 「何よ」 「僕さ、去年のデザインコンペに出してた作品あったでしょう?」 「あったわね」 美亞が電子タバコをくわえる。ローズカラーの長い爪にキラキラとしたクリスタルが光っていた。 「良い感じだったのに、知名度が低いとか変な理由で断られたやつ」 美亞の眉根がしかめられる。 「まさか……」 「そのまさか。 まあ、よくある話だよって言われたけど、デザインの盗用なんてあんまりじゃない?」 「訴えなかったの?」 「僕が太刀打ちできるような相手じゃないんだって。 企業案件だって桁違いだし、完全な盗用でもない。 アレンジされてるから、訴訟を起こしても証明までは難しいって上の人から止められた」 「はあ?黙ってたら相手の言いなりじゃない」 「だから、パーティーで会った時に思いきって尋ねてみたよ。どうして、そのデザインにしたんですか?って。 話を濁されたけど」 「一矢は報いてやんなさいよ。 いい? アイデアの枯渇したやつなんか、所詮はまがいものよ。 これだけ色んなものが溢れてるなかで0から産み出せる人なんていないわ。 アンタが作ったものはアンタの中の色んなものが積み上がって出来てきたの。 真似なんかじゃ出来ない、アンタが辛かったり悲しかったり、美しいと感じたこと、恋、沢山のジュエリーや芸術を見てきた経験全部なの! そんなの、いくら真似したデザインがあって、それが売れたとして何だっていうの?」 「でも悔しい……」  「そりゃ、アタシだって悔しいわよ。 けどね、心に、ここに残せるものをアンタは作ってる! それだけは間違いない」 美亞が胸に手をあてる。 「何で分かるの?美亞ちゃん」  「だってアンタ、デザインし終わったあと、ずっと自分のデザインを見つめてる。 そのあと、ボロボロになって飲んだくれるじゃない。何でか分かる?」  「バカだから、分からないよ」 「バカじゃないわ、傷ついてるでしょ、アンタの心が」 「うん……」 「アンタの大切な一部を切り取って分けているからよ。 そんなの並大抵の覚悟じゃできない。 普通なら潰れていくわ。でも、アンタは続けてる」 「だって、それしかないから」 「違う、アンタが芸術家だからよ! ただのデザインする人じゃない。 心の底から何かを訴えたデザインは、必ず誰かに届くわ。 現に、店にはヨーロッパのバイヤー達からアンタの作品の問い合わせが来てんのよ」 「知らなかった」 「アンタがこんな状態だから、後にしようと黙ってたわ。 頑張りなさいよ」 美亞が言い切ったという顔をする。 「うん……」 リオンの目から涙がぼろぼろとあふれて止まらない。 ティッシュを探して手をさまよわせていたリオンに、美亞がティッシュの箱を突きつけてきた。
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!

31人が本棚に入れています
本棚に追加