乙女達のバレンタイン

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 出社すると既に最上さんも出社していたので、就業前だけど紅茶を出しにいく。その際、いく先々で預かったチョコレートの山を最上さんに差し出すと、彼ははばかる事なく顔を顰めた。 「またか」  最上さんは心底煩わしいといった様子で、そのチョコレートの山に白い目を向けた。どうやらチョコを渡されるのを避けて、いつもより出社の時間を早めていたらしい。 「全く、こんなもの製菓会社の仕掛けなのに未だに無くならん、悪き習慣だな。話した事も無い相手にこんなものを渡してどうこうなると期待すること事態、理解の範疇を超えているが」  夢見たいんすよ乙女は。宝くじ買うみたいなもんすよ。 「余程彼女達は暇と見える」  グサっ! 「手作りとか最悪だな。知らん相手の作ったもの食うか、普通」  グサグサっ! 「それ全部、秘書室のみんなで分けて食べていいぞ」  彼はそう言うと、相変わらず情に欠けた無機質な表情でPCへと目を向けた・・    陽菜ちゃんの出社前の、2人きりの経営戦略室。チョコを渡すなら絶好の機会だったに違いない。 駄菓子菓子(だがしかし)。  わ・・渡せん。  この流れで自分の、しかも手作りチョコなど、絶対に渡せん・・。  怖気付いた私はすごすごと、秘書室へ戻ろうと踵を返した。そこへ出社して来た陽菜ちゃんが部屋へと入って来てすれ違う。 「おはようございます」 「おはよう」 「最上さん、今日の18時頃からミーティングよろしいですか?お時間はあまり取らせませんので」 「・・構わんが」  そのやり取りを私は、背中で聞いていた・・ 「はぁ・・」 「どうした美月。朝からそんな溜息ついて」 「もしかして、恋の悩み?♡」 「そんな事ありません。相変わらずの干物女ですので」  実は図星ですが・・。  あの陽菜ちゃんのミーティングとは・・きっとチョコ渡すんだろうな・・。  ・・・・・・・。  ああ、モヤモヤするっ。  心ここにあらずな感じで、午前中はなんとか仕事をこなした。こんな事で仕事に身が入らなくなる私、最上さん的にはくだらないんだろうな・・。    ランチタイムに入るか入らないかという時刻────颯爽と秘書室の脇を通って出ていこうとする最上さんを目にして、私は咄嗟に思った。  今追いかけて勢いで渡してしまおうか。  私は机の下にひっそりと忍ばせていた紙袋を手に、ダッシュした。  チョコは食べてもらえなくても、せめてお礼のネクタイだけは・・! 「さいじょうさ・・」  しかし。  運命の女神はやはり、モブの私には微笑まなかった。  私は最悪のタイミングで、その人物に出会ってしまうのである。  ドアを開けてすぐの所にいたその人物に、私は思いっきりぶつかり、そして手にしたプレゼントの入った紙袋を取り落とした。 「すみませっ・・」  焦って顔をあげた先にあったのは、見知った人物の顔────。  爽やかなツーブロックの黒髪と、女顔負けの整った容姿。営業部の王子様・・鈴木蓮君の顔だった。
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