$5.虎穴に入らずんば虎子を得ず

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 左右のポケットに手を入れてもスカッスカッと指に当たる物は何もない。確かにポケットに入れたはずの腕時計がなくなっていた。  『ちょッ、マジかよ何で!?どこにー…!?』  とりあえず部屋中を探し入り口のドアを開けて廊下をたどってきた道を戻り確認する。さすがにそれなりの重さのある腕時計だけに廊下に落としたなら音が聞こえて気づくはず。だとしたらやっぱり音が吸収されて聞こえづらい中庭の芝の上か。  『最悪っ、誰かに発見される前に見つけないと、、』  初人は一度部屋に戻り私服に着替えて部屋の窓から外の様子を見ながら、外が暗くなり人がいなくなるのを待った。ここで見つかるような失態は絶対に犯せない。人気がなくなった頃を見計らって仕事用のライト持った。  家の主のいない家は電気も一部しかついていなく使用人も早くに仕事終わらせ帰宅している。 夜21時になろうとする頃、人影はなくなって静まり返った。  『よしっ、そろそろ行くか』  初人は小走りで外に出て誰もいないのを確認してとにかく無我夢中に探した。水やりで撒かれたまだ少し湿っぽい土を踏みつけながら、かれこれ30分を探している。それでも見つからず範囲を広げて探すが無常にも時間だけが過ぎて見つかる気配は無い。今日いた場所はもう全て探し尽くした。  ふと頭をよぎったのは、もしかして中庭ではなく最後に入った警備室かもしれない。だとしたら取りに行くのは困難で最悪の場合すでに拾われているかもしれない。そんなマイナスなことばかりしか考えられなくなって力なく地面に座り頭を抱えた。  『あぁクソっ!どんすんだよ、、これじゃバレんのも時間の問題じゃんかー…今ここを出たとこで何の収穫もないままじゃ帰れないし』  地面を叩きつける拳がじんじんと痛む。 初人はこれまでいろんな盗みを繰り返してきたが失敗した事は一度もない。それに今回は今までとは違い、父親を救う為に一心不乱にたどり着いたこの場所。まさに解決の道筋が見えてきた時だっただけにさすがに堪える。  『計画練り直しか……時間ねぇのに』  その時、突然正門から強く差し込んできた灯りに眩しさで初人は目を背けた。ゆっくりと重い門が開く音がしたと同時に見慣れた黒い車が入って、長く伸びるヘッドライトが左右に動いていつもの家の正面玄関の定位置に止まった。  座ったまま更に身体を曲げて木の後ろに隠れて様子を見ていると、今一番見たくない姿が車から現れた?  『はっ!?何でアイツ!?今日は戻らないんじゃー…』  初人の視界に入ったのは間違いなくこの家の主の郁だった。しかもいつもに増して険しい表情で機嫌は相当良くない風に見える。 郁はスタスタと大股で歩くと、ドアが開き数人の使用人たちが焦った様子で頭を下げて出迎える。郁のすぐ後には田ノ上もくっ付いて、使用人達に指示を出して静寂の夜が一気に慌しい雰囲気に変わった。  『ヤバいか、、とりあえずへ戻った方がいいな。誰かに見られて不審に思われてもまずいし、、』  ひとまず部屋に戻ってその先を考えようと帰って自室のある二階に上がろうと階段を登っていると勢いよく飛び出すように降りてきた誰かにぶつかった。  『おわっ、ッ!!』  「ごめんなさっ、あっ!?慧?何してんの?」  『あーいや別に何でもー…夕日こそ急いでどうしたんだよ?まだ制服のまま?』  「違うんだよ〜終わって部屋でのんびりしてたら急に呼び出しきてさ」  『……へぇそうなんだ、、急に外がうるさくなったけど何かあった?』  「何かさ急に予定変更で郁さんが帰ってきたたらしくて。聞いてなかったからみんなバタバタでっ!あっじゃ早く行かなきゃだから!またっ!」  バタバタと音を立てて走って出て行った夕日を振り返りながら見て初人は足取り重く部屋に戻った。
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