$7.騙しの条件

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 郁と初人は静かに向かい合って座る。背もたれが長いクラシカルな厚みのあるクッションの椅子、テーブルはさほど広くはなく訓練用に用意した。 なるべく近くで指導出来る様に距離は近く、テーブル下は郁の長い足は伸ばせば初人に当たるほどの距離だ。  目の前にはゴールドが縁取られた白い飾り皿の上に白いナプキンが置かれ右側にナイフとスプーンが合わせて3本、左側にはフォークが3本置かれていて、そして違う形のグラスが二つ。  「今日はフランス料理のコースだ。メニューは決めてある。訓練とは言えお前にとっては普段食べることのない贅沢なコースを食べさせてやるんだ。しっかり学べよ」  初人もそこら辺の同世代の若者より経験や知識はある方だと自負している。しかしこの状況は初人にとっては未経験。お金のかかる結婚式やパーティーなんて呼ばれても割に合わなければ出席なんてしない。  まずは目の前のナプキンが存在感を放っていて、郁の視線が注がれている。まずはこれをどうしたものか、出だしでつまづいて郁にナメられるのは(しゃく)だ。  「どうした。余裕なんだろ?」  『わ、分かってるって!コレだよなコレっ』  ナプキンを手に取り広げながら考えていると、ふと父親と焼肉の無料券をもらい近くの焼肉店に行った時を思い出した。 "そうだ!"と首元の服の中にナプキンの先を入れて胸からお腹まで覆い尽くすとドヤ顔で目の前の郁を見た。  『これくらい知ってるって!」  「そうか」  郁は自分の目の前のナプキンを手に取り広げて2つ折りし、折り曲げた輪の方を手前に太ももの上にそっと置いた。 その動きを見た初人は"あれ?"と間違いに気づきバサッとナプキンを外し下す。  「赤ちゃんか。ただそっちの方がお似合いだ」  『、、冗談だって!知ってるさそれぐらい。少しふざけただけっ。ユーモアっていう言葉を知らねーのかよ』  「ユーモアより常識をつけて欲しいものだな」  「お待たせしました。アペリティフです」 田ノ上の品格のある声と同時に訓練と言う名の我慢比べが始まった。  『ア、ペリ、、ティフ?』  「食前酒の事です」  『あー食前酒ね、いちいち変な名前。シャンパン?それ結構高いやつ」  田ノ上が手にしたシャンパンのラベルを見てすぐに分かった。お酒の種類と名前には自信がある。それも盗みで覚えた知識で値段の相場もある程度把握している。  「よくご存知で。いかがですか?」  『あー、どうも』  「グラスは置いたままで」   『えっ、あっそうなんだ』  田ノ上に差し出したグラスを拒否されテーブルに戻す。底に手を添えボトルを傾け気泡が抜けないよう、ゆっくりと3回に分けて注ぐ。ふわっと香りが漂いグラスの6分目までがシャンパンゴールドに色付いた。郁のグラスにも同じ様に注がれるとシュワっと泡が小さく弾ける。  「それでは乾杯を」  『あーそうそう、乾杯ね。当然っ』  初人はグラスを前に出して郁のグラスが来るのを待つ。表情一つ変えない郁は首を小さく振って田ノ上を見る。    「グラスは合わせません」  『あー…そうなんだ、、なるほど』  「この調子だと食べ終わる頃には明日になりそうだな」  『っるさい。今から挽回するよっ』  グラスのステムに指を添えた郁を見よう見真似し、初人も顔の高さまで上げると互いの目を合わせた。  「盗っ人が一日も早く常識人になれるよう」  『こんな家から一日も早く出られるように』  二人が"乾杯!"と声を揃えた。互いの思惑を交差させ高級シャンパンを口に含む。昨夜飲んだコンビニのアルコールとは一味も二味も違う舌触り。ただ郁に満足した顔を見せるのは悔しくて、平気な顔をし一気に飲み干したい衝動を抑えグラスを置いた。
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