$7.騙しの条件

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 シャンパンを少しグラスに残していよいよお待ちかねの料理が運び込まれた。 使用人の食堂でもそれなりの料理が用意されているが、きっと段違いの料理が出てくるんだろうと期待して待つ初人。  「こちらアミューズです」 小さな小皿にちょこんと控えめに一口サイズの料理が乗っかっている。イメージした料理とは違って拍子抜けして田ノ上を見上げた。  『ん?何これ?』  「これは一般の居酒屋などで言うお通しみたいなものです。お酒と一緒にどうぞ」  『、、あぁそう。これってあとどのくらい出てくんの?』  「この後はオードブルスープ、パン、ポワソン、グラニテ、ヴィアンド、サラダ、フロマージュ、デセールと続きますが」  『あ〜何言ってんだか。もうさぁ面倒だから全部まとめて持ってきていいよ。その方がー…い、痛っって!!』  気怠そうに言う初人が突然声を上げた。テーブルの下に強い衝撃が走って右足の(すね)がジンジンと痛みが広がっていく。明らかにこの痛みは郁が履いていた本革靴の尖った先が激しく当たった痛みだ。  『何すんだよ、蹴んなよっ!』  「騒がしい。コース料理はよそういうもんだ、静かに食べろ。それから出てくる料理名も覚えろ」  『はぁ??必要ねえだろ。食えばいいんだろっ、食えば』  小さな筒状の茶色をした揚げ物は意外にも馴染み深いコロッケの様な見た目。初人は手で摘んで大きく開いた口に投げ入れる様に入れるとペロっと1口で平らげた。  『はい!次っ!』  「よく噛んで食べろ。食べ方で育ちがバレバレだ。これはクロケットと言ってフランス料理では一般的で手軽な料理だ」  『別に名前なんて何でもいいし』  「美味しくディナーを食べに呼んだわけじゃないぞ、目的を忘れるな」  田ノ上が出て行き順番通りにベストなタイミングで運ばれてくる。そして魚料理がテーブルに置かれると、やっとお腹を満たせる思いでお皿を覗き込むように見た。横で田ノ上が難しい料理の名前を言いながら説明を始めるが、初人の右耳から左耳へすり抜けていく。  『えーこれっぽっちか。何だ食堂の方が全然量あるんだけど、ケチだな』  「バカみたいに皿いっぱい乗っかってるのがお前には似合うが、こうゆう料理はこれが普通だ」  膨れた顔をしながら初人は左右に並んだカトラリーを適当に1つずつ選んで手に取ると、またしても足に激痛が走った。今度は逆の左足全体に。  「っっ痛っ!!またかよ!」  『そうじゃない、それは両方とも外側から取るものだ。それからその持ち方は何だ、小学生か』    初人は右手にナイフ、左手にフォークを指5本でグッと握りしめて持つ。郁は"見ろ"と顔だけで初人に合図すると、目の前で手本として持ち方を分かりやすく実践しながら見せた。  それを素直に受け入れ、不慣れながらもお魚をひと口サイズに切る。とりあえずお腹が空いたしこれ以上蹴りを喰らうのは御免だと、この場では逆らわないのか一番賢いと学び文句を辞めて食べ進める。  「いつもは自分で食事を?」  『え?何でそんな聞くんだよ、興味ある?』  「食事中は会話もするだろう。食べながら話す練習も必要だからな」  『まあ、、お父さんはいつも仕事で帰りが遅かったから中学生入ってからは俺が作ってた』  「盗みを覚えたのは?」  静かな部屋で向かい合う二人は、いつの間にか郁の質問に初人が淡々と答える取り調べの様な光景になっていた。目の前の豪華なフランス料理が不釣り合いな会話の内容だ。  『盗みは小学生の高学年かな。お母さんが死んだくらい』
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