$2.正直者がバカをみる

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 こんなに長く感じた夜は初めてだった。寝ても寝た気になれない、何度も目が覚めては父親の逮捕が頭をよぎった。  今日も朝からもちろん空港へ自転車を走らせる。20分のいつもの通勤路で昨夜の警察との電話内容を整理しながら父親を救う手段を考えていた。  会いたくても逮捕から検察への送検までの48時間は家族であっても面会不可、弁護士だけが接見出来る。"接見費用1回につき3万円"が早速重くのしかかっていた。質屋で得た3万がこの一回ですぐ消える。  相談料、着手金、、積み上がっていく弁護士費用を考えただけで最悪の結末しか想像出来なくなり、さすがの初人も今回ばかりは精神的ショックが大きかった。     強盗未遂の量刑は懲役3年執行猶予5年。とにかく今すぐまとまったお金が必要で今までみたいにちまちま稼いでたら時間がない。 起訴前勾留の期間23日間が終わるまでに弁護士を立てる。それがタイムリミット、、だけどこの精神状態で何も解決案なんて浮かんでこなかった。  『、、おはようございます』  「おっ?忽那なんだよ今日はやけにテンション低いな。具合でも悪いか?」  制服に着替えいつもの管理室に道具を取りにいくと50代エロ上司は今日も変わらず、だらーっと椅子に持たれかかって初人に声をかけた。  『道具もらっていきます』  「あーそうそう、待て。名札用意しておいたぞ!もう無くすなよ」  この間お願いした新しい名札を持って初人の右ポケットの上にパチっと付けた。じっと名札を見つめながらボソッと声を漏らす。 『……こんな…一円にもならない物』  「ん?何か言ったか?」  『、、あっいや。ありがとうございます。じゃいってきます』  ゴミ箱に捨てられた新聞や女性誌の見出しには"EVO Hotel&Resort "の文字がチラチラと視界に入る。ここ数日あちこちでこの名前ばかり聞いてる気がするがどうだっていいと上にゴミを乗せて集めていく。 今日も仕事をこなしながら落とし物に目を光らせるが、はやる気持ちとは裏腹に何も落ちていない。  待合室ロビーで大きな声で電話するサラリーマンがいた。相手は取引き先だろうかパソコンを凝視しながら仕事の話に夢中。  背中に置いたハイブランドのバッグが開いていて中から財布が見えた。初人は空港内での防犯カメラの位置はすべて把握済み、今まで直接利用客からの盗みは避けていたが思考が狂ったのか手が自然にバッグに伸びた。  「忽那くん!ちょっといいかな?」 突然名前を呼ばれてビクッと手を引っ込めた。この数秒間、完全に我を失っていた初人は目を強く瞑ってバチっと開けた。    「今日から入った新人の子の教育研修なんだけど仕事教えてあげて貰えるかな?」  「よろしくお願い申し上げます」  見た目30代前半の長身でキリッとした眉毛をした新人は正直ここで同じ制服を着ているのか不思議ではっきり言ってしまえば似合っていない。    「それじゃよろしくね」 新人を置いて去ったリーダーの背中をみて"何で今日なんだよ"と小さく舌打ちして研修を始めた。 意外にもテキパキとこなすし、教えれば一度で理解しやりこなす新人に何となく質問してみる初人。  『あのー…結構慣れてる感じですね。もしかして経験あったり、、?』  「これまでも清掃のような仕事をしてました」  『ような?』  「使用人というか、、お金持ちの家の雑用みたいなものですね」  「へえ、どうして辞めたんですか?」  「なかなか違う世界の人の中で働くのは大変でした。お金持ちの考えてる事はなかなか一般人には理解出来ないですからね、働く人の入れ替わりも早くて僕は続いた方でしたよ」  あははっと軽く笑って爽やかな笑顔を見せた。その話を聞いた初人はピリッと直感に訴える感覚に手を止めた。  「あのーその話詳しく聞かせてもらってもいいですか」
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