16 真田の告白

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16 真田の告白

結婚。 今、真田は結婚と言ったのか。 何故急に、俺と結婚って事になるのか。 少なくとも、俺とお前はそういう関係ではなかった筈だ。 表面上では。 俺は呆けていた意識を戻す。 「突飛な事を言い出すなよ。」 「突飛、ですか?」 真田のきつい眼差しにじっ、と見据えられて、俺は座り心地の悪い気持ちになった。 そこに女将と仲居が食事を運んで来て、少し雰囲気が和らいだ。 長皿に盛られた刺身に箸を付ける。 「ここね、魚料理美味いんですよ。女将さんのご実家が魚屋さんなんだそうで。」 「へえ…あ、うん、美味い、俺やっぱ鮪は赤身派だわ。」 「俺もそうだなあ。 今度土日にでもマグロ丼食いに行きましょうよ、3人で。」 「3人?」 「?だって、置いてけぼりは可哀想でしょ?莉乃ちゃん。」 「……うん。」 教えた覚えの無い莉乃の名を知っている事にも、もう驚かない。 どうやら真田が俺にある種の執着を抱いているという千道の読みは正解だったらしい。 流石、α同士と言うか…。いや、俺が鈍いだけなのか。 俺はふと箸を止め、真田に聞いた。 「……真田。 俺、今からお前に変な事聞くけど、出来れば正直に答えて欲しい。」 平静を装っているが、箸を握る俺の手の平の中も背中も汗でじっとりだ。緊張している。 真由以外には、医師にすら明かせなかった事。 俺の人生の黒歴史であり、恥部。 だが、それが莉乃という大切な存在と出会わせてくれたのも、事実。 だから敢えてはっきりさせておきたい。 「莉乃の父親は、お前…だよな?」 真田は俺の言葉に一瞬虚をつかれたようにぽかんとしていたが、直ぐに面白そうに笑い出した。 「ははっ、ほんと先輩って、相変わらずダイレクト…。」 意味がわかっている。 真田は、俺の質問の意味を理解している。 一頻り笑って、真田は頷いた。 「よくわかりましたね、あの夜の男が、俺だって。 ま、わかるか。 莉乃ちゃん、俺によく似てますしね。」 心臓が、どくり と鳴った。 あの夜の恐怖と絶望がつい今しがたの事のように蘇って来て、体が小刻みに震え出すのを止められない。 真田に失望した。 けれど一方では、何故、という気持ちより、やはり、という気持ちの方が勝ったのは自分でも意外だった。 通りすがりの、誰かもわからない犯罪者が父親であるのと、やった事は犯罪でも父親が真田だと明確になっているのとでは、莉乃の将来的には断然後者の方が良いに決まっている。 俺の事は、もう置いておいて、莉乃の為に。 でも、でも、どうしても理由を聞いておきたかった。 「……何故、俺をあんな風に…?」 襲った、のか。 すると真田は箸を置き、座卓の上に力無く置かれた俺の左手の指先に自分の右手の指で触れてきた。 びくり、と俺は指を退こうとした。また、鳥肌が立つと思ったからだ。 けれど、鳥肌は立たず、悪寒は走らなかった。 代わりに、妙な安堵を感じた。何故だ。 コイツは、俺が散々苦しんだトラウマの張本人ではないのか。 なのに何故、俺の体はコイツを拒否しないんだ。 俺は混乱した。 真田の指は俺の指に絡み、その後ゆっくりと肌の上を滑りながら、袖に隠れた手首を撫でた。 ぞくり、としたのは、悪寒ではなく快感だった。 「貴方が、」 俺の表情をずっと観察していた真田が、愉しげに口を開く。鋭い目が細まり、懐っこい表情になって。 あの頃、俺はこの顔を見るのが好きだった。 こんな時にそんな顔をするのはずるい。 「何故、他の男を受け付けなくなったか、教えてあげましょうか。」 「……な、に?」 男にレイプされたからだろう。他に何がある? 「俺が、そうしたからです。 本当はね、あの時噛むつもりでした。番にする為に。 でも、貴方が後天性Ωだとしたら、それでは拒否されるかなと思って。 だから取り敢えず、深い所迄マーキングだけをしておいたんです。 俺以外を拒否するように。 因みに男だけじゃ、ないですよ。女性αにも、それは有効ですから。」 「……なんで…そこまで…?」 真田の口から次々放たれる言葉を咀嚼しなければならないのに、脳の処理が追いつかない。 何故、真田は俺なんかを。 Ωだから?後天性Ωが何だって言うんだ。 だが真田が口にした答えは、俺の想定していた答えとは少し違っていた。 「貴方がΩじゃなかった時から、俺は貴方を好きだったから、ですね。」 「…え、」 「俺はそもそも、番を持つ気はありませんでした。 どんなΩの匂いも、不快でしかなかった。 だからβでも、好きになった貴方を口説いて伴侶にする気でいたんです。」 「いたんです、って…お前…。俺が断るってのは考えてなかったのかよ。」 「どんな手を使ってでも、絶対、落とす気でいたので。」 「……。」 その言葉は、今なら確かにその通りだとわかる。 実際、コイツは俺をレイプしたんだから。 「なのに、何時の頃からか、貴方から良い匂いがして来たじゃないですか。 しかも、俺にとってはこの上もない極上の香り。 運命だと直ぐにわかった。」 「……俺は、そんなもの…、わからない。」 わからない、と言いながら 体は確かに真田に傾いている。 ヒートでもないのに、真田に反応している。 唯一受け入れられていた千道の爽やかな匂いを遥かに凌駕する、甘ったるい真田の匂いに溺死しそうになっている。 「俺を誤魔化そうとしても、無駄です。 "わかる"から。」 息が、浅くなる。
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