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芒種
あの人と叔父上殿の会話を聞いて少し経った。あの人に教えてもらった芒種が来たんだろう、田んぼには人々が集まり田植えの作業が行われている。他にもそろそろ育てなければいけない作物の苗を植えたり雑草を抜いたり。春と夏の間は大切な時だ。苗が育たなければ野菜ができない。
田植えは皆一生懸命に、時には楽しそうにやっていた。野菜を植えるよりも手間がかかる分米が実った時は感謝の祭りまで行われる大切なものだからだ。
でも今年は村人たちの顔が暗い。真剣な顔をして不安そうな表情の子供もいる。
それもそのはずだ、先に植えていた芋や野菜の苗がうまく育っていないのだ。畑に先に植えておいた芋の苗は結局全て枯れてしまった。その他にもさまざな作物の苗たちはうまく育っていないのだろう、葉が伸びていないし色も緑色ではなくくすんでいる。雨は降っていたしきちんと世話をしているのになぜ、と誰もが戸惑っていた。
これでもしも米まで育たなかったら、自分たちは食べるものがなくなってしまう。その不安からみんなの顔には笑顔がない。
今までこんな事はなかったんだと思う。誰もやり方を間違えていないしきちんと世話をしていた。特に暑すぎたわけでも寒すぎたわけでもない。作物がうまく育たないが原因がまったくわからない。わからないのなら対処ができない、大人たちは焦っている。
見つからないように気をつけながらできるだけ近くに近寄って耳を済ませる。ざわざわしている、やっぱりみんな不安なんだ。肥やしもやっているのになぜ育たないんだと大人たちが頭を抱えている。
不安を口にする者、神頼みをする者、いろいろな人がいるけれどどれも根本的な解決のための原因を探そうとしてない。困った困ったと言っているだけでは何も変わらないと言うのに。
あの人の姿が見えない、今はどうやらいないみたいだ。田植えの時だけはあの人も顔を見せていたのに。やらなければいけないことがあると言っていたから忙しいのだろう。もう田植えにも来れないんだ……。
でも、本当に何でなんだろう。どうして何もおかしなことがないのに今年はこんなに作物が育たないんだろう。このままでは畑の作物は全滅だ、成長する気配が見られない。山の植物はいつも通り育っているのに、どうして村の畑だけこんなに育たないのか。
畑の場所を変えてみようとか、畑を新しく切り開いていかなければいけないんじゃないかとかいろいろな意見が出ている。そうするとやっぱり子供たちは山に畑を作ろうと言ってくるが、大人たちはそれを叱る。山は駄目だ。子供たちは叱られて黙り込むが、その顔は不満そうだ。
ダメだダメだ、そればかり言っても何も変わらない。そこでちゃんと理由を説明してあげないと納得なんてできない。あの人が僕にちゃんと言葉で説明してくれたように、僕が納得するまでずっと話し続けてくれたように。
あんなに仲が良く協力しあっていた村人たちは、今確かに関係に少しずつひび割れが起きている気がした。
あの人の言葉が蘇る。
「奴ら」はこの村の人を滅ぼすためにあれやこれやと画策をしている。戦の数を増やし戦える者の数を減らしているだけじゃない。不安な気持ちがさらに不安を招き人々の暖かな心まで冷たくしてしまう。
もしも戦に勝ってもう少し心に余裕があったら、大人たちももっと真剣に考えていたはずだ。どうして作物の育ちが悪いのか、神頼みなんてしないで肥しを変えるとか土の状態を見るとかいろいろやっているはずなのに。
米だけはなんとしても育てないと。お年寄りが口を揃えて皆に田植えを指示していく。いつもはもっと楽しそうに田植えをするのにちょっと稲が曲がっているだけでもそんなんじゃうまく根付かないだろうと怒鳴っている。それをされてさらに子供たちは口をへの字に曲げてしまっている。
いつもならそんな細かいこと怒ったりしないのに。曲がっているくらいで成長しなくなるなんてないと思うけど。でも畑が何もおかしなことをしていないのにあんな状態だから殺気立っているんだ。どんなに小さなことでもすべて原因と考えて対処するしかない。それを、みんなで話し合わずにひたすら細かい事を強制する。……そのやり方では、ダメだよ。
喜ばしいはずの田植えはまるで葬式でも行われているかのように静まり返っていた。女子供は黙々と田植えをする。そうやって長い時間をかけてようやくすべての田植えが終わった。いつもだったらお疲れ様と笑いながら声をかけていた人たちも、やっと終わったかと言う雰囲気でバラバラと家に戻っていく。皆で冷たい水を、熱いお茶を飲んで談笑していたのに今は皆むすっとして家に帰っていく。
その様子を僕はため息をついて見届ける。何もできない、もう戻らないと。植物に心があるかどうかわからないけど、もし心があったら絶対に今みんな悲しいだろうな。そんなギスギスした空気で植えられて嬉しいはずがない。
この稲たちはちゃんと育つだろうか。これが育たなかったら本当に食べるものがなくなってしまう。もう少し育ってくれれば山の上からでも見えるんだけど。心配だから様子を見に行きたいけどそうちょくちょく来るのも危ないかもしれない。なんだかもやもやとしたものが胸にたまる。こうしていても仕方がないんだけど。
村人たちが皆戻ったのを確認して僕も見つからないように山へと歩き出した時だった。
「ふふふ、あははは」
どこからか笑い声が聞こえた。振り返ってみても誰もいない。
誰が笑ったんだろう、今。
芒種
稲など芒のある穀物を植える
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